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「セルフィの死」書評 「自意識地獄」をのたうち回ると

評者: 小澤英実 / 朝⽇新聞掲載:2025年03月15日
セルフィの死 著者:本谷 有希子 出版社:新潮社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784103017752
発売⽇: 2024/12/18
サイズ: 19.1×2cm/192p

「セルフィの死」 [著]本谷有希子

 200ページに満たない物語に、本谷作品のエッセンスが詰まっている。ここにもまたひとり、世界と自分のズレに苦しみ、自意識という地獄を満身創痍(そうい)でのたうち回る女がいる。だが、自分の価値が数値化され、他者との比較や評価に晒(さら)されつづけるSNSの過剰さが支配するこの世界でのサバイバルは、いっそう凄絶(せいぜつ)にうつる。
 東京の映えスポットや映えスイーツとの自撮りをインスタに載せ、フォロワー数に縋(すが)りついて生きるミクル。彼女は次第に、自分を「スマホに付いていた大きなストラップ」としか思えなくなる。老舗の洋菓子店、無人の回転寿司(ずし)、原宿の綿あめ店など、いまどきの人やものを非人間的な目線で次々に異化していく、シニカルなユーモアの解像度が凄(すさ)まじい。
 SNS上の承認と共感を集めるには、自分以外のものにならねばならない。実像などいらない、とミクルは言い、やすやすと寿司(すし)ロボットにも人間自撮り棒にもなる。だが、彼女がそれでもこんなにも苦しいのは、マジョリティに吸収されないよう、歯を食いしばり太腿(ふともも)に爪を突き立て血を流しながら、「私」であろうと最後の一線で踏ん張っているからだ。
 善意の皮をかぶった鈍感な人間に傷つけられ、自分の言動が他人を傷つけるあらゆる可能性に敏感すぎるミクルの生きづらさ、自己愛と自己嫌悪の果てしなき死闘は、カメラマン山田との出会いで急展開をみせる。
 世界と自分、そして自分自身との適切な距離が保てない、そんな彼女にこそ共感する人も多いのでは。でもいまの時代、この社会に適合できないミクルのような人々の言動は、カスハラや迷惑行為やメンヘラといったわかりやすい属性に変換され、〈アリ〉か〈ナシ〉かを問うまでもなく葬られる。無条件に承認してくれる誰かを求めて泣き叫ぶ自意識、その根源はどこにあるのか。結末に現れる壮大なビジョンが考えさせる。
    ◇
もとや・ゆきこ 1979年生まれ。劇作家、小説家。『幸せ最高ありがとうマジで!』で岸田国士戯曲賞、『異類婚姻譚』で芥川賞。