
ISBN: 9784560090961
発売⽇: 2025/06/01
サイズ: 19.4×3.5cm/414p
「ムーア人による報告」 [著]レイラ・ララミ
16世紀、イタリア人宣教師が織田信長に謁見(えっけん)したとき、同行した黒人が信長に献上され、「弥助」として重用されたのは定説になっている。
世界史のなかで、西欧の新大陸、東アジアへの進出として知られる出来事の多くに、奴隷化された黒人が関わっていることは不思議ではない。だが、記録には残らない。たいていの記録は、ヨーロッパ人が残した征服者の視点である。
ならばその黒人に語らせてみよう、と考えたのが本書だ。16世紀、実際に新大陸に派遣され現地でほぼ壊滅したスペインのナルバエス遠征隊の報告書の、「四人目の生存者は(中略)アラブ系黒人」という1行の記述をもとに、あるモロッコ人の大冒険譚(たん)が展開される。
奴隷として遠征隊に同行した主人公は、新大陸での過酷な生活、遠征隊の無策と対立、隊員とインディオの緊張関係などを、処世術と意外な工夫で切り抜けていく。祖国に戻り、奴隷の身分からの解放を夢見て。
イスラーム王朝下のモロッコで生まれた主人公は、若い頃は奴隷の売買も扱うやり手商人だった。だがポルトガル支配が進むにつれ没落、キリスト教徒の奴隷に身をやつす。その設定が、イスラーム世界と西欧の力関係の転換を象徴する。
「被支配者」となったアフリカのイスラーム教徒が、支配者スペインの新たな征服に同行するという矛盾、遠征隊のインディオへの暴行を見て過去の自身を振り返らざるを得ない痛み。新大陸に西欧からの入植者が感染症を持ち込んだ、という史実を知りつつ、遠征隊が住民への医療行為によって先住民の信頼を勝ち得た、という筋立ては、皮肉が効いている。
現地社会との共存に歩みだした遠征隊の生き残りたちは、「征服」と先住民の奴隷化をより本格的に進める後発部隊の同胞と出会う。彼らの変化、そして主人公の決断は?
400頁(ページ)を超える壮大な物語の、最後のどんでん返しをお楽しみに。
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Laila Lalami 1968年モロッコ生まれ。米国の作家。本書でアラブ・アメリカ図書賞受賞のほか、ピュリツァー賞最終候補。