めまぐるしく流行が移りゆくライトノベルの世界だが、現在では、何といっても異世界ファンタジー、それもウェブ小説発の作品が一大潮流を成している。一方、もうひとつの隠れた流行と言えそうなのが、ライトノベル作家自身を主人公にして文筆業の悲喜こもごもを描いた、ライトノベルについてのライトノベルだ。たとえば伏見つかさ『エロマンガ先生』(電撃文庫)や平坂読『妹さえいればいい。』(小学館ガガガ文庫)などの人気タイトルが相次いでアニメ化を果たしているほか、作家ではなくイラストレーターや編集者を主人公にした「変化球」も生まれるほどに定番化している。
石川博品の新作『先生とそのお布団』も、そうしたライトノベル作家もののライトノベルの一冊。デビュー以来、その独創性が一部から高く評価されつつも、売り上げはさっぱりなライトノベル作家・石川布団と、彼の創作の師である人語を解す猫・先生との日常が描かれる。しかししゃべる猫をのぞくと、先行作と比べ創作の度合いは控えめ。そもそも布団の経歴は、著者の石川博品のそれとそっくりで、もはや私小説的とさえ言える。だが、その脚色の少なさがかえって特徴となっており、切実さは随一だ。企画が通らないために、没原稿ばかりがたまり、書き上げたら書き上げたで出版の約束をあっさり反故(ほご)にされ、あるいはようやく執筆にこぎ着けた企画も別の作家が空けた穴を埋めるために締め切りを切り上げられて不本意な原稿を世に出すことに……と売れない作家の悲哀に満ちた現実がこれでもかと描かれる。尊大な先生と朴訥(ぼくとつ)な布団のユーモラスな掛け合いが唯一の救いだが、自伝的な作品ゆえに、わかりやすい逆転などはなく、先生と布団は、何も生まずに忘れられるばかりの物語を書く意味について、向き合わざるを得なくなっていく。ふたりが出す答えは、ライトノベル作家志望者はもちろん、創作を志す人に広く刺さるはずだ。
なお、本書に登場する作中作にはちゃんと元ネタとなった実際の著作が存在する。読んでいて気になった本があればぜひ探してみてほしい。なんとかしてもっと読まれてほしい書き手なのである。本当に。=朝日新聞2017年12月24日掲載
編集部一押し!
- トピック ポッドキャスト「好書好日 本好きの昼休み」が100回を迎えました! 好書好日編集部
-
- ニュース 読書の秋、9都市でイベント「BOOK MEETS NEXT」10月26日から 朝日新聞文化部
-
- 新作映画、もっと楽しむ 映画「がんばっていきまっしょい」雨宮天さん・伊藤美来さんインタビュー ボート部高校生の青春、初アニメ化 坂田未希子
- 杉江松恋「日出る処のニューヒット」 逸木裕「彼女が探偵でなければ」 次代を担う作家が示す最高到達点、単純な二項対立にしない物語の厚み(第19回) 杉江松恋
- 谷原書店 【谷原店長のオススメ】山本将寛「最期を選ぶ」 議論から逃げず、人生に向き合う考察を深めていくために 谷原章介
- トピック 「第11回 料理レシピ本大賞 in Japan」受賞4作品を計20名様にプレゼント 好書好日編集部
- トピック 【直筆サイン入り】待望のシリーズ第2巻「誰が勇者を殺したか 預言の章」好書好日メルマガ読者5名様にプレゼント PR by KADOKAWA
- 結城真一郎さん「難問の多い料理店」インタビュー ゴーストレストランで探偵業、「ひょっとしたら本当にあるかも」 PR by 集英社
- インタビュー 読みきかせで注意すべき著作権のポイントは? 絵本作家の上野与志さんインタビュー PR by 文字・活字文化推進機構
- インタビュー 崖っぷちボクサーの「狂気の挑戦」を切り取った9カ月 「一八〇秒の熱量」山本草介さん×米澤重隆さん対談 PR by 双葉社
- インタビュー 物語の主人公になりにくい仕事こそ描きたい 寺地はるなさん「こまどりたちが歌うなら」インタビュー PR by 集英社
- インタビュー 井上荒野さん「照子と瑠衣」インタビュー 世代を超えた痛快シスターフッドは、読む「生きる希望」 PR by 祥伝社