大陸暦1599年。魔王ベルトールは勇者グラムに倒された。それから500年、魔王は転生の秘術により蘇(よみがえ)る。だが眠っている間に、世界は突然の大異変で、我々の地球と融合してしまっていた。復活した彼が見たのは、ネオンサインが彩る極寒の街を、サイボーグとなったヒトやエルフやオークが闊歩(かっぽ)する新宿の姿だった……。第33回ファンタジア大賞受賞の紫大悟のデビュー作『魔王2099 1.電子荒廃都市(サイバーパンクシティ)・新宿』のあらすじである。
情報技術の異常発達がもたらした退廃的な未来を描くサイバーパンク。草分けとなるウィリアム・ギブスンの小説『ニューロマンサー』(ハヤカワ文庫SF)や映画『ブレードランナー』、士郎正宗のマンガを原作にアニメ版も人気な『攻殻機動隊』、そして最近話題の大作ゲーム『サイバーパンク2077』など、現在も多くのメディアで新作が生まれている。電子技術の発達を蒸気機関に置き換えたスチームパンクなど、派生ジャンルも多い。
もちろんライトノベルやその周辺にも多くの作品がある。中でも印象的なのが、第2回電撃ゲーム小説大賞受賞の古橋秀之『ブラックロッド』(電撃文庫)や、ブラッドレー・ボンド、フィリップ・N・モーゼズ『ニンジャスレイヤー』(KADOKAWA)など、オカルトや忍者という異質な要素との融合から生まれた傑作たちだ。本作はそうした流れにも連なる、サイバーパンク+魔王と勇者のファンタジーだ。
密度の高い文体が、科学と魔法の融合が生んだ様々なガジェットに埋め尽くされた2099年の新宿を描き、読み応えは十分。一方、かつて世界を征服せんとした魔王が、最新技術に適応できず、生活費にも困るなど、ライトノベルらしいコメディー展開も。
加えて腹心の裏切りに宿敵との再会など、過剰なほどの要素が詰め込まれているが、これを街の根幹に関わる恐るべき陰謀と、魔王の再起の物語として、しっかりまとめている。1本の大作エンターテインメント映画を見たような、満足感のある1冊である。
秋葉原や名古屋など、作中で言及された別都市も気になるし、新宿での魔王の残念な日常を引き続き見てみたい気も。続編もとても楽しみだ。=朝日新聞2021年1月23日掲載