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SOW「剣と魔法の税金対策」 銭ゲバ勇者の節税テクニック

SOW著『剣と魔法の税金対策』(ガガガ文庫・726円)

 「味方になれば世界の半分を勇者にやろう」――ゲーム「ドラゴンクエスト」のラスボス「りゅうおう」の発した問いかけは、ひとつの様式美となって、その後のフィクションの魔王たちにも受け継がれている。最近では「はい」と答えてしまう勇者も珍しくないから世も末だ。銭ゲバ女勇者メイ・サーもその1人。だが、まんまと世界を半分もらったはずの勇者に、絶対神の使いが訪れ「贈与税がかかります」「税率は、55%です」と告げる……。SOW『剣と魔法の税金対策』は、勇者と魔王の2人がかりでも倒せない最強の敵、税金との戦いを描いたファンタジーだ。

 宿敵・魔王と偽装結婚し、贈与税を回避したメイ。だが、それで許してくれるほど税務署――もとい天使は甘くない。魔王のザルな経理を税務調査で暴いた彼女は、1兆もの追徴課税を突きつけてくる。この危機を救えるのは、伝説の職業ゼイリシのみ。新米税理士クゥ・ジョを城に迎え、勇者と魔王の税金対策が始まる。

 魔王城の管理費のうち99%を家事按分(あんぶん)で経費とし、配下の魔物が暴飲暴食する分は福利厚生費と人件費に。だが納めるべき税はあまりに多く、生半可な控除ではとても足りない。そこでクゥが取ったのは、魔族領をあえて大赤字にするという手段だった……。

 かくして物語は、勇者という個人事業主の節税対策から、魔族領の財政政策を巡る議論へとダイナミックに飛躍する。人類との戦争で疲弊し、緊縮と増税を進めていた魔族領で、クゥが計画した赤字前提の大規模公共事業は、当然幹部級魔族の激しい反発を招き、ここに現代日本でもおなじみの、積極財政派VS.緊縮財政派の対立が始まるのである。

 ちょうど確定申告の受け付けも始まったばかり。控除とは、経費とは、と税金の基礎の基礎から解説してくれる本書は、今年はじめて確定申告をするという人に特にお勧め。加えて本書は、ただの節税テクニック集にとどまらない。何のために世界に税はあるのか、あるべき税の姿とは、という根本にも切り込んでいく。政府が多額の支出を行えば、将来、増税で補うしかないのでは? という作中の問いはコロナ禍の下で大規模な国債発行を行った日本の読者にも身近な疑問だろう。様々な意味でタイムリーな1冊だ。=朝日新聞2021年2月20日掲載