滋賀県に友人に会いに行った。友人には十五歳と十一歳の娘さんがいて、その十一歳の娘さんと友人と三人で、ある展覧会に行った。展覧会では、建国当初のローマ人が子供を産ませるために近所の国の女性を略奪する、というきわどい主題の絵も展示されていて、友人がその絵について娘さんにどう説明したのかをたずねてみると、「国を造るためにはメンバーがいるのでさらっている」というかなりニュートラルな説明をしていて感心した。大人だと思った。その後会場を見て回りながら、自分が友人に対して、母親にそうするように展示物について話しかけていることに気が付いた。自分と娘さんが友人に話しかけるタイミングや内容がなんだか似ていたのだ。それが情けないというのではなく、自分が投影する立場は同い年の親ではなく、十一歳の子供の側なのだなと思った。
同じ時期に、山極寿一さんの『父という余分なもの』という本を読んだ。ゴリラの集団のリーダーがどのように集団を維持し振る舞うのかを通して、父系社会でオスはどのようにして父親として承認されるのか、ということについて探る本なのだが、その後「じゃあ女も振る舞いや行動によってはある場において父親になることがあるのではないか?」ということをずっと考えている。額面はシュールな話かもしれないけれども、「大人は子供の規範になるように行動しなければならない」と大きく言ってみると、そこまでありえない話でもないのではないか。誰の親でもない上、つい母親に話しかけるように友達に話しかけるわたしでも、親じゃないから大人として振る舞わなくてもいいということはありえないのだ。
七年ほど前の通勤中、地元で小学生の交通指導をしていたおばさんに、信号無視がばれて「子供が真似(まね)をするよ!」と叫ばれたことをずっと覚えている。それからは必ずその横断歩道の信号は守っているのだが、最近は自転車に乗っているゴリラが赤信号でじっとしている様子を思い浮かべて、青になるのを待っている。=朝日新聞2018年4月23日掲載
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