このひと月ほど、映画館に行ったり百貨店に行ったり、なるべく出かけて、歩いている。前に来たのは、いつやったやろ? 二年前、いや三、四年経ってる? と驚くことがしょっちゅうある。
忙しかったらしい。
自分では、それほどでもないと思っていた。身近なところを見回しただけでも、もっと仕事をしている人、忙しい人はいくらでもいるし、わたしは寝る間も惜しむような生活はしていなかった。
大きな賞を受けて、生活が変わったでしょうとか大変だったでしょうとかよく言われたが、今の仕事をして長いので仕事の環境が激変するようなこともなく、ただちょっと小説以外の仕事が増えたなという感じだったが、どうも慣れないことをするのはエネルギーがいったようだ。連載が重なったり、外国に長く行く機会もあったりして、落ち着いてみればやっぱり忙しかったのだろうと思う。
忙しいですか、と人に会うたびに聞かれて、それほどでも、まあなんとかやってます、と曖昧(あいまい)に返していたのは、「忙しいです」という回答はなんとなく憚(はばか)られたというか、せわしない印象になりたくなかったし、その言葉に捕まってしまいそうな気がしたからかもしれない。
いくつかの仕事が一段落して、街を歩いてみると、今までの数年ろくに出かけていなかったのがよくわかる。よくいっていたお店がなかったり新しくできていたり、映画館は小さいところもいつのまにかオンライン予約が普通になっていて、浦島太郎的感覚を味わっている。
忙しいときは、現在を生きていないということでもあるのだなと思う。「忙殺」とはよく言ったもので、ただ時間が減るだけではない。わたしは特に複数のことを並行してこなすのが苦手なので、あっという間に、世の中のこと、身の回りのこと、そして自分自身の体調や心もわからなくなってしまう。そして怖いことに、「忙しい」あいだは、そのことに気づけないし、気づいたとしても自分でコントロールするのはとても難しい。=朝日新聞2018年5月21日掲載
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