今日は三月〇日。私はこの原稿を今、都内のホテルで書いている。打ち合わせや取材のため、東京に出張中なのだ。
都内には川端康成や三島由紀夫が愛した山の上ホテル、詩人にして作詞家である岩谷時子が晩年を過ごした帝国ホテルなど有名ホテルが多いが、私の定宿は一泊約一万円のビジネスホテル。一見ごく普通のこの宿を気に入っている理由は、部屋の机がモバイルパソコンやノートを広げてもなおあまりがあるほど広く、滞在中でも仕事ができるからだ。
最近は少しインターネットで調べれば、ホテルや飲食店の詳細が簡単に手に入る。だが部屋の広さより机の広さが、食事メニューの豊富さより店の椅子の硬さが気になる私には、残念ながらネットに提示される情報はあまり役に立たない。しかたなく広い机を求めて泊まり歩いた末に気に入ったのが現在の定宿だが、今その部屋で自問するのは、自分は普段、人が求める情報を的確に提供できているのかということだ。
情報集中の場がネット上に移った昨今、人から直接ものを尋ねられる折は激減した。しかしだからこそ誰かから質問を受けたとき、そこにはその人がどうしても欲さずにいられない情報が隠れているのではないか。
先日も京都の学会に参加する友人から、会場となる大学構内の様子について質問が来た。聞けば彼は今あるスマホゲームにハマっており、休憩時間、会場を抜け出してゲームをしたいという。とはいえ学会案内にも大学のHPにもスマホゲームがらみの詳細など記されておらず、私に問い合わせが来たわけだ。
そのゲームをしない人には、彼の問いは馬鹿馬鹿しいと映ろう。同様に宿で机を使わない人からは、机のためにホテルを替え続けた私は、奇妙と思われたはずだ。だが万人に必要でない情報だからこそ、それを求める一人一人は懸命にならざるをえない。ならば広い机を必要とする私は、せめてその人その人が求める情報に寄り添いたい、そう思うのである。=朝日新聞2018年3月12日掲載
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