最近、人生初のネイルサロンに通っている。美容目的ではない。私は小学生の頃から爪嚙(か)み癖があり、お恥ずかしいほどの深爪状態が長く続いてきた。十数年に一度の割合で、「これではダメだ!」と嚙み癖を止(や)めようとするものの、すぐに失敗することの繰り返しだった。
爪にネイルアート用のジェルを塗り、あえて嚙みづらい状況にして指を守る方法があると最近知った。これまでは、一人で爪育成に挑んで失敗してきた。だがサロンでプロに見ていただきながら挑戦すれば、人の目もあることから我慢が続くのではないか。フィットネスジムで一人で筋トレをするか、トレーナーさんについてもらうかの違いだ。
かくして三か月。相性のいいネイルサロンに恵まれ、およそ嚙み癖があったとは気づかれぬほどに爪は伸びている。同時に、初めて不自然ではない長さの爪を獲得して、分かったことがある。私はこれまで、「爪があれば便利なのだろうな」と思うことが数え切れぬほどあった。たとえば、テープで封止めされた箱を開ける時、缶詰の蓋(ふた)を開ける時。私はその都度、手近な道具を使って不便を克服してきた。ただいざ爪が伸びてみると、確かに出来るようになったことも多いが、だからといって不便だった事柄すべてが全面的に解決するわけではなかった。
最近のテープは接着力が強いので、箱を開けるなら剝がすのではなく、ハサミで切った方がやはり綺麗(きれい)に開く。缶詰の蓋は爪の有無にかかわらず、スプーンを差し込んで開けた方が手っ取り早い。指も痛くならない。
私が漠然とあこがれていたほどには、爪は万能ではなかった。これまで自分の苦手をしばしば深爪のせいにしてきたのは、コンプレックスへの押し付けという部分も多々あったようだ。
この先、私の嚙み癖が復活するかどうか、自分でも分からない。ただその事実を知る機会を得ただけで、十分、この三か月の価値はあった。=朝日新聞2025年04月23日掲載
