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意地を張らずに 湊かなえ

 RGデビューしました。お洒落(しゃれ)な音楽ではありません。リーディンググラス、私の場合は老眼鏡です。神様からの贈り物があるとしたら、自分にとっては視力だろうなと思うくらい、子どもの頃から目はよく見えていました。ところが、ここ一、二年、手元の文字がぼんやり霞(かす)んで見えるようになり、漢字を調べるために辞書を引く時は、ルーペを使わなければ、横線が二本なのか三本なのか、判断することができない状態に。
 ああ、これが老眼か。
 自分に無縁だと思ったことはありませんが、すぐに眼鏡を購入する気にはなれません。負けた気がするのです。老いの足音が背後から聞こえていたものの、こんなに早くつかまってしまったか、と。それに加えて、眼鏡を使い始めると、視力の低下が進んでしまうおそれがあるのでは、という不安もありました。
 一足先に老眼鏡を購入した旦那さんから、意地を張らずに使うことを勧められていましたが、四歳差を考えると、自分の方が先に白旗を上げたことになるような気がして、頑(かたく)なに拒んできました。
 しかし、この度、初夏に刊行予定の単行本のゲラ(本になった時の形式で紙に印刷された原稿)を、通常の二倍速で、訂正箇所に赤ペンを入れるといった処理をしなければならなくなり、一日中作業をしていると、文字の解読ができないほどになってしまいました。
 背に腹はかえられず、旦那さんの老眼鏡を借りたところ、まあよく見えるではありませんか。作業も進む、進む、一・五倍速です。以前よりゲラの作業に時間がかかるようになったのは、頭の働きが鈍くなったせいだと思っていたのに、単に、文字を追うことに時間を取られていただけで、処理能力は変わっていないということにも気付きました。
 早速、専門店で自分用の眼鏡を購入しました。もし、私のように意固地になっている方がいらしたら、一度試してみてください。眼鏡でこれまでの一・五倍の読書時間が手に入るかもしれません。=朝日新聞2018年3月5日掲載