日本の近代を振り返るときに、外せない重要人物の一人が幕末明治期の開明的な思想家、福沢諭吉(1835〜1901)だ。福沢の評価をめぐっては、戦後になって「侵略的絶対主義者」との批判的学説が登場。その論拠が岩波書店の福沢諭吉全集「時事新報論集」(第8〜16巻)にあるという。
だが、そもそもこの新聞社説を集めた「論集」には無署名の筆者が複数おり、福沢本来の思想とは異なる時局迎合的な社説が混在しているという。その複雑な背景を指摘し、2004年の自著『福沢諭吉の真実』で「市民的自由主義者」としての福沢像を改めて示したのが、日本思想史研究者で静岡県立大学助教の平山洋さんだ。
本書ではさらに、福沢の著書の原形となる社説を追究する過程で「それらの大部分が福沢全集に未収録だったことが判明した」という。また明治天皇の「五箇条の誓文」や坂本龍馬の「新政府綱領八策」が福沢の『西洋事情』などをベースにしている点、福沢が現憲法につながるような「交詢社憲法草案」に関与した点など、新たな観点にも触れていて興味深い。
気になるのは、暫定的であれ、反証例が出されたらその確度を再検証するなど共同研究が行われてもよいはずだが、現状はどうか。
平山さんは「難しい」と話す。学説の違いは平行線のままで、権威筋も版元も動く気配はなさそうだ。だからなのか、平山さんは独自に福沢の著書の本文や全集未収録の福沢執筆と推定される社説をテキスト化し、「誰もが読めるように」ネット上で公開。さらにそれらを基に、著書や社説にクセとして残る福沢の語彙(ごい)や文体を時事新報の無署名社説と比較検討する地道な作業を続けている。
「私は還暦までに、福沢が健康だった頃の全社説の起草者を判定する目安をつけたい。福沢の起草ではない社説を福沢の思想の反映とすることはできません。批判はしても差別はせず、個人の独立だけでなく国家の独立も説いた福沢の先進的で普遍的な思想を再確認し、21世紀にあっても色あせることのない客観的な福沢像を私は示したい」
(文・写真 依田彰)=朝日新聞2018年1月14日掲載
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