「ミシェル・ルグラン自伝」書評 心から離れない音楽の秘密
ISBN: 9784865591224
発売⽇: 2015/07/25
サイズ: 21cm/279p 図版24p
ミシェル・ルグラン自伝 [著]ミシェル・ルグラン、ステファン・ルルージュ
ミシェル・ルグラン。この類いまれな音楽家の何を聴いていたのだろうと思う。1980年代に流行(はや)っていたボサノバ風のイージーリスニングだったか、あるいは映画も主題曲もヒットしていた「シェルブールの雨傘」だったか。
ぼくは子供の頃、毎朝ラジオで流れてくる音楽に魅了されていた。番組のテーマ音楽だったために、演奏者は不明のままだった。しかしそれがシャンソンの「ア・パリ」だったことは、程なくして知った。フランシス・ルマルクが作り、イヴ・モンタンで知られるようになった歌である。だが毎朝聴いていたその器楽版は特別だった。民族楽器のミュゼットと口笛で始まる音色は、それ以来片時も心から離れることはなかったが、その演奏がルグランと判明したのはつい数年前だった。
職業音楽家の道を歩んだルグランのスタイルは多岐にわたっていて、全貌(ぜんぼう)が知られているとはいい難い。多感な幼少期にピアノに没頭していったのは、遊び人だった父の不在という環境の中、フランスもナチスの脅威にさらされていたからだ。そのうちにパリ国立高等音楽院(コンセルヴァトワール)でナディア・ブーランジェという師に引き立てられる。彼女はドビュッシーやフォーレと親交があるだけでなく、その作品への評価も厳しく、音楽の神髄を知る人だった。彼女の存在なくしてルグランの才能が花開くことはなかっただろう。
32年生まれのルグランの素養はフランス近代音楽に連なる。彼が名声を得たのは50年代半ば、22歳の時だった。時はレコード産業全盛期。SP盤からハイファイへの過渡期だった。音質が売り物のLPを米コロンビア社が企画し、ルグランが指名された。それは「観光音楽」ともいうべき「アイ・ラブ・パリ」というアルバムで、そこに「ア・パリ」が収録された。ぼくはこの自伝に触れ、「心から離れない音楽」の謎が解かれていくのを感じた次第である。
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高橋明子訳・濱田高志監修、アルテスパブリッシング・3024円/Michel Legrand▽Stephane Lerouge