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「経済政策で人は死ぬか?」書評 無謀な緊縮策は生命に悪影響

評者: 諸富徹 / 朝⽇新聞掲載:2014年12月14日
経済政策で人は死ぬか? 公衆衛生学から見た不況対策 著者:デヴィッド・スタックラー 出版社:草思社 ジャンル:経済

ISBN: 9784794220868
発売⽇: 2014/10/09
サイズ: 19cm/317p

経済政策で人は死ぬか?—公衆衛生学から見た不況対策 [著]デヴィッド・スタックラー、サンジェイ・バス

 「借りたものは返す」、これは社会常識だ。しかし経済危機下ですべてを犠牲にしても、債務返済を最優先すべきだろうか。この書物は、著者たちが公衆衛生学の観点から経済・財政政策に問い直しを迫る、問題提起の書だ。その基礎は、「ランセット」をはじめ、科学・医学系専門誌に掲載された著者たちの学術論文だ。
 彼らは世界各国で実施された経済・財政政策の影響を、丹念にデータを拾って検証する。その結果、人の生命と健康に決定的な悪影響を及ぼすのは、不況そのものではなく、不況期に採用される無謀な緊縮政策だということを実証研究に基づいて説得的に示す。
 興味深いのは、経済危機下でも住宅、医療など社会保護への支出を維持・拡大した国は、経済を刺激して不況からの脱却が早まり、結局は債務返済まで可能になる点だ。これに対して、緊縮政策をとった国は、急激な予算削減で需要が落ち込み、セーフティーネットが崩壊して財政はかえって悪化、債務も膨張する。
 この点で、リーマン・ショックで大きな影響を受けたアイスランドとギリシャの対比は劇的だ。両国とも危機に陥り、IMFに支援を求めたが、アイスランドは国民投票で、投資に失敗した銀行の債務を納税者に尻拭いさせる提案を拒否、銀行を破綻(はたん)するに任せ、医療等の社会保護支出をむしろ増加させた。この結果、アイスランド経済は急速に回復、IMFへの返済も始まった。ところがギリシャは、IMFの処方箋(せん)をそのまま受け入れて医療費など財政支出を大幅に削減、結果として国民健康の大規模な悪化を招き、肝心の経済も、GDPが約4分の3に縮小、失業率も27%と記録的水準に達した。
 もはや、両政策の優劣は明らかであろう。経済危機下の財政緊縮は、かえって事態を悪化させる。危機下でも社会保護支出を怠らないことが経済回復への近道だ。「人的資本投資」は、割に合うのだ。
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 橘明美・臼井美子訳、草思社・2376円/スタックラーはオックスフォード大教授。バスはスタンフォード大助教。