1. HOME
  2. 書評
  3. 「汚れた戦争」書評 粛々と人間を破壊し続ける地獄

「汚れた戦争」書評 粛々と人間を破壊し続ける地獄

評者: 杉田敦 / 朝⽇新聞掲載:2017年02月12日
汚れた戦争 1914−1918 著者:タルディ 出版社:共和国 ジャンル:

ISBN: 9784907986131
発売⽇: 2016/12/10
サイズ: 29cm/173p

汚れた戦争 [著]タルディ、ヴェルネ [訳]藤原貞朗

 アジアでは総力戦の記憶は第二次世界大戦に端を発するが、ヨーロッパでは、始まりは第一次世界大戦であった。編年体のこの戦記コミックでは、それぞれの年の冒頭に、政治家や軍幹部、宗教家らの言葉が掲げられている。開戦の年、1914年にフランス大統領ポアンカレは、「軍隊を召集するのは戦争のためでは」なく、「栄誉ある平和を保証する」ためであると誇らしげに宣言した。
 その同じ頁(ページ)に描かれるのは、ささやかだが平穏な暮らしから切り離され、恋人も家族も自らの人生計画も奪われた男たちの姿である。指導者と兵士たちの間に横たわる深淵(しんえん)を、タルディの絵筆は紙面に定着させる。ヴェルネによる史料説明も有益である。
 兵士たちには、終始、ほとんど表情がない。疲れ切っているのだ。眼(め)に映るのは、つい先ほど隣にいた戦友が、今は肉塊と化し、あるいは鉄条網にからまって「哀れな操り人形」となっている有り様である。
 待避壕(たいひごう)の中で、「他の兵士たちの放屁(ほうひ)と足の臭い、そして、外から漂ってくる死臭」に耐え続ける日々。「戦争は、はらわたの詰まった人間の肢体を炎で焼き上げる」。戦争に「必要とされたのは人間の肉だった。我われの指導者たちの貪欲(どんよく)な食欲を満たすために……」。戦場で現実に進行しているのは、粛々と人間を破壊し続ける作業なのである。それを兵士たちは、自らの感覚のすべてで受けとめざるをえなかった。
 とりわけ心を打つのは、悲劇の直前の一コマとして切り取られた、一連の人々の姿である。そこに立ち、こちらを見ている男は、間もなく銃弾に倒れるはずだ。懸命に働いている女は、この後ひどい仕打ちを受けることになる。
 戦争が私たちをいかに脆弱(ぜいじゃく)にし、予測不能な混沌(こんとん)に投げ込むか。時代がきな臭さを増す中、地獄を可視化しえた稀有(けう)な作品として、タルディの仕事は読み継がれて行くことだろう。
    ◇
 Tardi 46年生まれ。バンド・デシネ作家/Jean−Pierre Verney 46年生まれ。歴史家。