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山陰を旅して感じた「目に見えない世界」の気配 どいかやさん「チリとチリリ」

文:谷口絵美、写真:斉藤順子

――おかっぱ頭の2人組、チリとチリリが自転車に乗って森へ出かけると、そこには動物たちが集まる喫茶店やホテルなど、ちょっと不思議な世界が広がっていた――。絵本『チリとチリリ』には、美しい自然と、愛らしくどこかユーモラスな生き物たちの姿が温かなタッチで描かれている。第1作の誕生から15年。物語の舞台を海の中や原っぱなど様々な場所に移しながら6冊を刊行してきた人気シリーズは、どのようにして生まれたのか。作者のどいかやさんが17年前から暮らす、森に囲まれた作品世界さながらのアトリエを訪ねた。

 生まれたのは東京で身近に自然はない環境でしたが、小さいころから動物が好きで、小鳥や金魚、カメをアパートで飼っていました。小学2年生のときに、姉がぜんそくで都心に住むのが難しくなり、家族で茨城県取手市へ。歩いてすぐのところに利根川があって、オタマジャクシを捕まえられるのどかな田舎の環境に一気に変わりました。

 自然や生き物への思いが大きくなったのは大学時代。通っていた東京造形大学は当時、高尾山の麓にキャンパスがあって、東京の山に出かけるようになりました。大学を卒業してまもなく、父が病気になったことをきっかけに環境問題にも興味を持ち、野生動物観察会などに参加。奥多摩の山深いところへ行ったりすると、気持ちが良くてワクワクしたんです。自分の暮らしをそういうところに近づけたいと、次第に思い始めました。

 結婚して取手の実家の近くに戻ってからは、小さいながらも自分の庭が持てました。しゃがみこんで土いじりをしていると、若い頃には見過ごしていた、土の上にいる小さな虫やかわいらしい野草、様々な小動物の存在を意識するようになって。その頃の取手はだいぶ宅地化が進んでいましたが、こんな街中にも普段気づかないような小さな生き物がいるんだと、いとおしさを覚えました。

千葉県内の自然豊かな環境で、夫と5匹の猫たちと暮らすどいかやさん。「鳥のさえずりや虫の声が聞こえるのは、本当にこの場所のいいところ。ご近所さんと毎年のように、『今年もウグイス鳴いたよ』ってメールし合ったりしています」
千葉県内の自然豊かな環境で、夫と5匹の猫たちと暮らすどいかやさん。「鳥のさえずりや虫の声が聞こえるのは、本当にこの場所のいいところ。ご近所さんと毎年のように、『今年もウグイス鳴いたよ』ってメールし合ったりしています」

――自然や生き物に心を寄せる暮らしの中で「面白い、楽しい、かわいい」と思ったことを絵本のテーマにすることが多いが、『チリとチリリ』だけは、他の作品と成り立ちが違った。

 きっかけは、広島から島根の出雲大社に向かって夫と車で旅行していたときのこと。ものすごく山深いところを走っているときに、「ああ、ここには人間の及ばない存在や気づかないものがいるんじゃないか、何か不思議な力があるんじゃないか」という気がしたんです。その思いを旅行中にホテルでさっとメモしたものが原型になっています。

『チリとチリリ』(アリス館)より
『チリとチリリ』(アリス館)より

――作中に登場する、昆虫や動物が集まる喫茶店、シカが出迎えてくれるホテルなども、「もしかしたらあるかもしれない」という思いから生まれた。

 ないとはいえないよな、みたいな感じです。実際、自然について私たちが知っていることってごく一部ですよね。「こういう世界があるかもしれないし、あったらいいな」という思いが、シリーズとして次々に広がっていっています。

 1作目が思いがけず好評で、もう1冊となったときに、すぐに海の中に行くイメージが浮かびました。最初は自然の中に何か不思議な世界があるっていう思いが始まりでしたが、だんだんと、チリとチリリに私の代わりに冒険に出かけてもらうような感覚になっています。今度はどういうところに行ってもらおうかなと考えるのが楽しくて。

仕事机は亡くなった父親が使っていたもの。机の上の小物や他の家具も、長く使い続けているか、古道具屋で手に入れたものばかり。「新しいものもいいけれど、なるべく古いものや今あるものを大切にしたい。父の机も合板で全然いいものじゃないけど、家族や自分が使っていたものには代えが利かない価値があります」
仕事机は亡くなった父親が使っていたもの。机の上の小物や他の家具も、長く使い続けているか、古道具屋で手に入れたものばかり。「新しいものもいいけれど、なるべく古いものや今あるものを大切にしたい。父の机も合板で全然いいものじゃないけど、家族や自分が使っていたものには代えが利かない価値があります」

――海の中や土の下など、普段は覗くことができない世界が描かれていながら、2人の冒険のお供はいつも自転車。それによって、非日常の物語なのに、どこか親しみを感じさせるものになっている。

 チリとチリリは大冒険をしているようで割と地に足が着いているというか、自転車で行ける範囲のところにしか出かけないんですね。まあ、海の中には行っちゃいましたけども。「今度は宇宙に行ったりしないんですか?」とか聞かれることもありますが、「チリとチリリは地元を愛する子なのであまり遠いところには行かないかも」とお答えしています(笑)。

――画面いっぱいに広がる緑の森の中を、頬を赤く染めたチリとチリリが自転車で進んでいく。色鉛筆で描かれる素朴で柔らかい絵のタッチが印象的だ。

 『ねこのオーランドー』シリーズで知られるイギリスのキャスリーン・ヘイル(1898~2000)や、アメリカのバーバラ・クーニー(1917~2000)といった作家が大好きで、影響を受けています。昔の絵本はリトグラフで刷られていて、温かみや独特の「味」がある。今みたいに印刷技術も発達していないし、色の表現にも制約があるけれど、そういうちょっと不自由なところにひかれます。『チリとチリリ』は色鉛筆でリトグラフの表現に近づけられたら、と思って描いています。

どいさんが影響を受けた、キャスリーン・ヘイルの絵本『ねこのオーランドー』シリーズ。洗練された現代の印刷物にはない発色や温かな風合いが魅力
どいさんが影響を受けた、キャスリーン・ヘイルの絵本『ねこのオーランドー』シリーズ。洗練された現代の印刷物にはない発色や温かな風合いが魅力

――作品を作るときに一番大切にしているのは、自分の中にある「これが好き!」という強い思いだという。

 私の場合は受け手が誰であるということよりも、自分がただ感じたこと、感じてしまったことがまずある。それを人に聞いてもらいたいなと思ったときに、昔から絵本という造形が大好きで、それが表現の手段になったということです。子どもも分かるようにということは意識しますが、誰にでも読んでもらいたいと思っています。

 『チリとチリリ』の横長の判型や、映画のように導入の物語が始まってから中扉を付けること、絵本にしては小さい書体も、「こういう形にしたい」という思いありきです。もちろんひとりよがりだけではダメですし、読み手がいるということも意識しなくてはいけませんが、強い思いがあるほうが結果的に伝わる気がします。

 自分がいとおしく思うものを描いて、それを読んでくれる人がいるのは本当にありがたいです。特に子どもさんはとても細かいところまで見ている。私が遊び心で絵の中にこっそり入れている部分にも気づいて、「ここに実はハチがいるんだよ」って話すと、「知ってた」とか言われて。私の方が驚かされます。

 このシリーズも10年以上経っているので、読者もすっかり大人になって、展覧会などで会うと「小さいときに読んでいて大好きな絵本だったので」と言ってくれるようになりました。すごくうれしいですね。