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「誰か」の中に見いだす希望 三浦しをん「ののはな通信」

 女子校で出会い、恋をしたふたりの少女。その後の二十数年を全編、手紙のやりとりだけで紡いだ。三浦しをんさん(41)が約3年ぶりに出した長編小説『ののはな通信』(KADOKAWA)。どんな絶望的な環境に置かれても、大切な誰かを思うことできっと希望を見いだせる。そんな気づきへと至るふたりの女性の心のうつろいを、繊細な筆致で描いている。

 電子文芸誌での連載開始から6年を経て、単行本にまとめた。連載を始めたときは30代半ば。体調があまり良くない時期だった。「これからどうやって働き続けていけば良いか考えていた。40代を迎える自分にとっての希望になるような、女の人の生き方を書いてみたくなった」と語る。

 主人公は、横浜のミッション系のお嬢様高校に通う野々原茜(あかね)(のの)と牧田はな。ののは裕福でない家庭で育ったが、成績優秀でクールな性格。はなは外交官の家に生まれ、天真らんまんで甘え上手。性格も生い立ちも対照的な2人は互いにひかれあい、親友から恋人になっていく。
 「人は、自分とは異なる人がいることを知って、世界が広がるのだと思います。相手を理解したいと思ったり、ぶつかりあったりする経験があるからこそ、他人や新しく知る世界に対してちゃんと向き合う人になれる。そういうのは、友達関係より恋愛の方が生まれやすいと思った」

相手を理解したいと思った時 世界が広がる

 高校生だった昭和の終わりから、40代になる2011年まで、濃密につづられてゆく手紙、メモ、メール。2人だけの秘密をのぞき見するような、禁断の感覚に陥る。

「面と向かってなら恥ずかしくて言えないことも、文章だから言えてしまう。深夜のラブレターのような盛り上がりが出たかなと思う」
 ある裏切りをきっかけに、2人は別れる。卒業後は別々の道を歩むが、大学時代に再会。その後、音信は再び途絶えるが、40代になって三たび連絡を取り合うようになる。ののは独身で、フリーのライターとして東京で暮らす。はなは外交官の妻になり、内紛が続くアフリカの「ゾンダ」という架空の国にいる。

 環境が変わるとともに、2人の関係性も変わっていく。「人って恋人や友人、家族とかって分類したがるんですけど、分類しきったと思っても、分類しきれない微妙な色合い、距離感が残る。運命だと思った恋の経験から20年を経た2人が、どういう関係になるかを書きたかった」

 東日本大震災の前、作中に津波の描写がある『光』を出した。「様々な嫌な出来事が起きるんですけど、それが津波のせいで起きたと、そういう解釈をする人がいた。伝わらなかったな、と思っていたら、現実に津波が起きてしまった」
 真意が伝わらない怖さをかみしめ、今回の作品で、震災のことを書こうと決めた。「私たちは、津波が起きた後の世界を生きている。大きな理不尽や暴力、天災が起きた時に、それでも何らかの希望を人間の中に見いだして生きていこうとする姿を、1回きちんと書かないといけないと思った。そういう局面で大きな判断をしなきゃいけなかったり、日常を営んでいかなきゃいけなかったりする時に、支えや光になるのは何か、考えながら書いた」

 手紙の最後の日付は2011年4月30日。ののは、震災後の出来事を振り返りながら、連絡が取れないはなへの思いをつづる。
 「離ればなれでも、お互いのことを大事に思う気持ちはずっとあった。それだけは確かなこと。異質なものとつながりたい、理解し合いたいと思う気持ちが彼女たちを支え、いざという時の道しるべになるのだろうと思います」(宮田裕介)=朝日新聞2018年6月20日掲載