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「幕末横浜 オランダ商人見聞録」書評 不穏な暮らしなのにまるで喜劇

評者: 宮田珠己 / 朝⽇新聞掲載:2018年06月23日
幕末横浜オランダ商人見聞録 著者:C.T.アッセンデルフト・デ・コーニング 出版社:河出書房新社 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784309227306
発売⽇: 2018/04/23
サイズ: 20cm/270p

幕末横浜 オランダ商人見聞録 [著]C・T・アッセンデルフト・デ・コーニング

 若い頃いろいろな国を旅行して何度も心細い思いをした。詐欺にも遭ったし、すりや強盗にも気を付けなければならなかった。しかし一介の旅行者が暗殺されるほど治安の悪い国には行ったことがない。
 幕末の日本がまさにそんな国だったようだ。外国人というだけで、攘夷派の志士らによって殺害される可能性があった。現代なら退避勧告が出るレベルだ。
 本書は、開港したばかりの横浜外国人居留地にやってきたオランダ商人の滞在記。自分で自分の身を守るしかない不穏な暮らし。さぞかしシリアスな本かと思いきや「私の命は私にとって、水戸公の刺客にそそくさと奪われるにはあまりにも惜しかった」などといったユーモア溢れる書きっぷりに引きこまれた。
 当初は住む家がなく農家を借りる著者。「ここにいて私は安全だと思いますか?」と聞いてみると、あなたの商品は安全だが身体はそうではないと告げられ動揺する。夜回りを刺客と勘違いしてパニックになり、地震に慌て、闇取引では偽物をつかまされる。ようやく移り住んだ屋敷でも放火に怯え、台風で逃げ込もうとした蔵が目の前で壊れて相当な財産を失ったりと、本人には申し訳ないが、災難が次々降りかかるさまはまるでドタバタ喜劇のよう。外国人の命を守ってくれるはずのケイザー(将軍のことをこう呼んでいた)の警備隊を訪ねると、みな気持ちよさそうに鼾をかいて寝ていたエピソードなどは、もはやコントの域だ。
 その一方で、居留地でのヨーロッパ人同士の決闘の様子や、密貿易で儲けるからくりほか、歴史の教科書には出てこない話も多く、当時の世相を伝える貴重な資料でもある。
 著者は約1年半の滞在後横浜を去るが、その翌年に生麦事件が起きている。
 読むほどに外国商人たちの姿がリアルに立ちあがってきて、歴史書というより冒険小説のような読後感があった。
    ◇
 C.T.Assendelft de Coningh 1821~90年。オランダ貿易会社に勤め、のちに独立して貿易商に。