「絆と権力ーガルシア=マルケスとカストロ」書評 文学と革命の「友情」、意味があった80年代
ISBN: 9784105061616
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サイズ: 20cm/383p
絆と権力ーガルシア=マルケスとカストロ [著]アンヘル・エステバン、ステファニー・パニチェリ
1982年ノーベル文学賞を受賞したガルシア=マルケスの名声は、スペイン語圏はいうまでもなく、世界中に広がった。“マジック・リアリズム”と呼ばれたその作風が、近代文学(リアリズム)の界域を一気に超えたのである。日本でも、80年代にあった文学の活気は、マルケスによって付与されたといっても過言ではない。たとえば、大江健三郎が『同時代ゲーム』を書き、中上健次も『千年の愉楽』を書いた。しかし、当時日本でほとんど知られていなかったのは、マルケスがキューバ革命とカストロの独裁を支持し続けたことである。本書が探究するのは、その謎である。
カストロはもともと共産党とは関係がなかったが、米国による経済的制裁のため、ソ連の支援に頼るほかなくなった。だが、彼は次第にソ連派となり、また同時に、独裁者となっていった。キューバにロシアや中国とは異なる、ラテン・アメリカ流の快活な社会主義を期待した、知識人・文学者は幻滅し、一斉にカストロ批判にまわった。そのとき、コロンビアの作家マルケスがカストロを支援したことは意外であった。マルケスはその作品で、中南米に特徴的な“独裁者”を描いたが、それがまさにカストロに当てはまることは、誰にも(カストロ自身にも)明らかであったからだ。にもかかわらず、カストロはそれを許容し、マルケスもカストロは独裁者ではないと弁護しつづけた。それはなぜなのか。
カストロとマルケスの古くからの“友情”についての伝説があり、また、カストロの文学好きがいわれる。しかし、それらは疑わしい、と著者はいう。これはもはや文学の問題ではない。カストロにとって、マルケスの文学的名声が権力の維持のために不可欠であった。一方、マルケスがカストロ支持を決めたきっかけは、1970年に民主的な選挙で実現されたチリの社会主義政権が、米国に支援されたピノチェトのクーデターで破壊されたことにあった。マルケスは、もはや文学どころではない、と考えた。彼もまた革命のために、自身の文学的名声を徹底的に利用しようとしたのだ。彼はカストロと一緒に活動する政治家となったのである。
とはいえ、そのようにいうことは、別に、マルケスをおとしめることにならない。私が本書を読みながら痛感したのは、“文学”が特別な意味をもつ時代があった、そして、1980年代がそのピークであった、ということである。その時期、“文学”は、米ソの二項対立を超える想像力であり、真の革命を意味した。“文学”そのものが“マジック・リアリズム”であった。マルケスとカストロの「絆」も、そのようなマジックによって築かれたものだ。しかし、ソ連崩壊とともに、そのような前提は壊れた。現在、ラテンアメリカの各地に、社会主義政権ができているが、そこでは、キューバはもはや重要ではないし、“文学”もかつてのような役割を果たしていない。
〈評〉柄谷行人(評論家)
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野谷文昭訳、新潮社・2415円/Angel Esteban 63年スペイン生まれ。Stephanie Panichelli 78年ベルギー生まれ。ともにスペインの大学で文学を研究。