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思想の東西交渉史、理論細部まで

宋学の西遷 近代啓蒙への道 著者:井川 義次 出版社:人文書院 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

価格:8424円
ISBN: 9784409041000
発売⽇:
サイズ: 22cm/536p

中国思想情報がヨーロッパにもたらした影響、とりわけヨーロッパにおける理性の思想形成において、中国思想の関与がきわめて大きな役割をはたしていたことについて、その実相を当時の…

評者:苅部直 / 朝⽇新聞掲載:2010年02月21日

宋学の西遷―近代啓蒙への道 [著]井川義次 

 十七世紀後半の中国に滞在したイエズス会の宣教師、フィリップ・クプレは、儒学の思想を解説し、経典の翻訳を載せたラテン語の著書を刊行している。この新著で井川義次が扱う書物の一つであるが、そこで『論語』の表題は「理性的に論ずる人々の言葉」と訳されているという。

 これは決して誤訳でも、西欧の哲学用語に無理やりひきつけた曲解でもない。そのことを、この本は古典中国語(漢文)で書かれた原典と、ラテン語訳とを照らしあわせる作業によって、丹念に明らかにしている。
 そのころ中国の儒学思想は、全宇宙の運行と生命の営みを支える「理」を中心とした、朱子学(宋学)の壮大な哲学体系に、変貌(へんぼう)をとげている。しかも明朝末期には、その「理」をみずからの内に備え、外界の事物に関する「理」を把握できる、人間の「心」の主体性へと、朱子学者たちの関心が向かっていた。これを反映した経書解釈が、人間の理性の力を重視しようとする、同時代の西欧の知識人を惹(ひ)きつけたのである。
 ドイツで活躍した哲学者、クリスチャン・ヴォルフは、こうした宣教師たちによる儒学経典の翻訳に基づいて、神の存在を前提とせずに、人間の理性が世界の法則をよみとり、秩序を支えてゆくことを、高らかに説いた。その発想が、フランスの『百科全書』やカントの哲学に代表される、十八世紀の啓蒙(けいもう)思想に大きな影響を与えてゆく。
 たとえば、明治日本の知識人が西欧の近代思想に魅せられたのも、一面では、それがすでに儒学と似ていたからでもあった。「和魂洋才」とか「脱亜入欧」とかいった文句でわりきれる営みではなかったのである。
 こうした思想の東西交渉史については、すでに戦前から研究の蓄積があるが、ラテン語と古典中国語の双方をここまで駆使し、哲学理論の細部にふみこんだ仕事は珍しい。引用史料にはていねいな翻訳と解説が施されているので、一般の読者にも近づきやすいだろう。そして、東西の思想の交錯にみずから立ちあうような気分を、じっくりと味わえるはずである。
 評・苅部直(東京大学教授・日本政治思想史)
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 人文書院・8190円/いがわ・よしつぐ 61年生まれ。筑波大学准教授(中国哲学)。