外山滋比古「失敗の効用」書評 人生の達人が説く「時」の大切さ
ISBN: 9784622075899
発売⽇:
サイズ: 20cm/177p
失敗の効用 [著]外山滋比古
今まで鶴見俊輔さんの『思い出袋』、加藤秀俊さんの『常識人の作法』と80歳を過ぎた方のエッセーを紹介してきた。今回、紹介するのも87歳の外山滋比古さんのエッセーだ。
なぜこんな老人(失礼!)のエッセーばかり紹介するのだと言われるかもしれないが、一言で説明すると、生き続ける力になると思うからだ。私は現在57歳。80歳まで生きるには、まだ23年もある。ええ加減にしんどいなあと肩を落としたときに彼らの文章を読むと、なんだか落ち着く。
日本の80歳以上人口は789万人で全体の6・2%(09年9月15日現在)。この比率に入るまで生きるのは、相当な強運の持ち主。元気でエッセーを書くなんて人は、1%にも満たないだろう。こんな人生の達人の話を聞く機会は、落語のご隠居さんの世界にしか残っていない。エッセーで読むしかない。
外山さんは本書の特徴を「転ぶのに備えて転ぶ練習をする……いわば半逆説」的な角度から、ものごとをながめたものと解説。「普通はうっかり見落(おと)されがちなところが見えるかもしれない」という。
表題の「失敗の効用」では、ご自身が入学試験を3度受けて2度落ち、ずっと恥ずかしい思いをしていたことを告白されている。しかし、この思いは時を経るにつれて変わってくるものらしく、「恥じることはない」と言い、「失敗の経験はのちのち思わぬ力になることに気づいた」「受かってよし、落ちるもまたよし——。そう考えれば、試験は恐れるに足りない」と励ましてくれる。受験生には心強い言葉ではないか。
「低温火傷(やけど)のモラル」のところでは「時」の効用について触れ、人の悲しみは「悲しみ自体が小さくなっていくのではなく、時が忘れさせてくれる」のだという。
ITが発達したせいなのか、何かと回答や結論を急ぎ過ぎる現在にあって、外山さんが教えてくれるのは時の効用なのだろう。子供に戻ったような素直な気持ちで、じっくりと人生の達人の言葉を味わった。
評・江上剛(作家)
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みすず書房・2415円/とやま・しげひこ 23年生まれ。英文学者。『思考の整理学』『日本語の作法』など。