「児童文学」はこれが初めて。高橋源一郎さんの『ゆっくりおやすみ、樹(き)の下で』(朝日新聞出版)は小学5年生の少女が不思議な出会いを体験する夏休みを描く。朝日小学生新聞で昨夏連載した。過去とは何か。やさしい言葉で、難しいことを考える。
主人公は11歳のミレイちゃん。くまのぬいぐるみビーちゃんといつも一緒。鎌倉のおばあちゃんの館でミレイちゃんは夏休みを過ごす。真夜中、館には自分そっくりの少女がいた。バーバと呼ぶおばあちゃん、老犬リング、年をとった小説家のおとうさん。ほぼすべての登場人物にモデルがいるそうだ。物語に深く静かな彩りを与えるムネヒコさんには、フィリピン・ルソン島で戦死した高橋さんの伯父、宗彦さんが投影されている。
過去のことを書きたい、という思いがあったという。過去を考えるようになったのは近年。それまで戦争は遠く、ひとごとだった、という。「お盆に田舎に帰って、バーバに話を聞くのが過去とつながる唯一の方法。なのに、僕は聞こうとしなかった。過去がわからない人間に未来はない。過去の中に知るべきこと、繰り返すべきこと、否定すべきことがあるのに」
やさしい言葉で戦争を描く。執筆時に、大人向け、子ども向け、という区別はないそうだ。「すべての文章は想定読者が14歳。だから『ご存じのように』とは決して書かない。しっかり説明すれば、60年安保も現代詩もわかってくれる」。小説も、新聞の寄稿も、今回も「普段通り」だ。
「わかりにくいものをわかりやすく書く努力は作家になって38年、ずっと僕のポリシーになっている」。本作でひいたエーリヒ・ケストナー『飛ぶ教室』(池田香代子訳、岩波少年文庫)や宮沢賢治『銀河鉄道の夜』の言葉は「わかりやすいのに難しい」。「作者が努力を惜しんでわからなくなっているのはだめだけれど、どんなに努力しても最終的に残るわからなさは大事。わからなさへのリスペクトがあるのです」(中村真理子)=朝日新聞2018年7月11日掲載
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