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鈴木のりたけさんの絵本「しごとば」 好奇心のかたまりの空間をパノラミックに描く

文:加賀直樹、写真:御堂義乗

――美容師、自動車整備士、新幹線運転士。あらゆる仕事の魅力がギュッと詰まった絵本「しごとば」。子ども向けの仕事紹介という範疇を超え、全世代から反響を呼び、シリーズ作は5冊目を数えた。作者の鈴木のりたけさん自身は、グラフィックデザイナーを経て絵本作家に。ところがじつは、その前にも異色な経歴を持っていて・・・・・・。

 『しごとば』は絵本デビュー作。僕はグラフィックデザイナーをやっていました。Mac、モニターがあって、半畳ぐらいパーテーションで区切った「俺の世界」みたいな職場。好きなフィギュアやDVD、アーティストのフライヤーを貼り巡らし、1日何時間も籠っていました。ブースごとにデザイナーの個性が出るのが面白かったですね。

――『しごとば』の絵本を開いてみよう。「革職人」の最初のページに職人はいない。その代わり、革や糸、道具がぎっしり詰まった仕事部屋がパノラミック(ページいっぱい)に描かれている。ページをめくると革職人が現れ、仕事の魅力、道具説明、革かばんの製作工程が記されている。

 「ワーッ」ってモノが詰まった絵を並べたかった。「仕事自体を説明したい」というより、何かそういう状況を見るのが面白い。「隣の晩ごはん」のヨネスケ状態。「なんか知らないところに来た、覗きたい、宝探しだ!」。好奇心に火が付くみたいなところが大事だと思ったんです。人間の生き方があぶり出されるような。取材を含めて描くのに半年以上かかりました。

 最初は知人、近所の仕事が多かったですね。自動車解体工、歯医者。そして、やはり僕の経験を活かし、グラフィックデザイナー。それから、新幹線。僕、新幹線を運転していたんで。

『しごとば』(ブロンズ新社)より
『しごとば』(ブロンズ新社)より

――ん? え? 新幹線?

 東海道新幹線の運転士。「勝手を知っているし、憧れの職業だから描きましょう」と。何も知らない取材先にいきなり飛び込み、「絵本つくりたいんですけど」って、結構大変なんですよ。「誰ですか、あなた?」って。ただ、革職人、木のおもちゃ職人さんだけは、「ぜひ僕が取り上げたい」と。ネットで調べて電話して、飛び込みで取材に応じてもらいました。

 だから結局、いわゆる「小学生が選ぶ人気職業」基準じゃないんです。あと、「バーテンダー」の仕事とかもね、「自分の城」みたいな感じがするので描いてみたいけど、さすがに小学生が読む本の1冊目としては適切じゃないのでNG。とはいえ、仕事場を訪ねて僕が「うお、うおー!」って萌えないと、原稿に活きてこない。読者想定は小学校低学年ではあるけど、高学年にも読んでほしいし、未就学児だって絵を眺めて感動してもらえたら嬉しいですね。

 取材は邪魔にならないようにササっと3、4時間で聞くんです。それから写真を平均200枚撮ります。道具の名前が人によって違っていたり、分からなかったりすることが多い。豆腐職人に「これなんて言うんですか」って聞いたら「すくうヤツです」。カタログで調べると「おたま」の一種だと判明するんですけど。正式名称を知らない人が多いんですよね。

――『しごとば』のページをよく眺めてみると、ダジャレが随所に盛り込まれている。たとえば「新聞記者」。雑誌「ARAE」が書棚に並び、机に置かれた腕章は「東月日新聞」と・・・・・・。

 企業名が入るものがいっぱいあるじゃないですか。たとえばラップなどは商品名が書いていないと不自然。苦肉の策のダジャレ。これを褒めて下さる人が多いけれど、考えるだけで筆が2時間ぐらい止まることもあるんです。これさえ無ければもっと早く仕上がるのに。

――こんな仕掛けも。あるページで登場した職人さんが、他のページでごはんをもぐもぐ。

 取材を始めたら、「ああ、自分の生活っていろんな人にお世話になっているな」って。道を歩いていて、「もしかしたらあの人、僕がコンビニで買ったパンをつくった人かも」とか。気づかないうちに繋がっていると思った。そういうのも表現したいと思いましたね。

――「子供向けハローワーク本」としてだけでなく、反響は大人たちからも。「自分の仕事を紹介してくれてありがとう」「私の職場を取材してください」という声が多数寄せられた。

 消防士さんからハガキをもらって、行きましたね、消防署。また、ある時はこんなメッセージも。「『みちのくプロレス』のリングアナです。マスクマンが多いので、華やかで絵本として映えると思います」。本の色味のことまで気遣ってくださって。

――シリーズ中で、東京スカイツリーの建設現場を紹介した時は、取材に2年半をかけたという。

 非常に大変だった。普通には入れない場所まで入れさせてもらって、関係者に多大なる協力をしてもらったんですけど、知れば知るほど、もっと突っ込みたい。どうしても鳶職人さんに話を聞きたくて、ツリー近くの職人向け衣料品店に飛び込んで、店長に「すみません、スカイツリーの職人さん、誰か来ませんか」。現場監督を紹介してもらい、彼からアドバイスをもらいました。その監督さんとはその後、飲み友達になっちゃいましたね。

――もはや絵本作家というより、刑事、警察回りの新聞記者の世界。ところでさっき、しれっと凄いことおっしゃいましたよね、元・新幹線運転士だって。

 小学校の頃は「弁護士になりたい」。口が達者だから、それを活かす職業に就きなさいと言われて。一橋大の社会学部を経て、JR東海を受け、総合職で内定をもらいました。1年半、保線、駅、車掌の研修を点々。最後に新幹線運転士の研修を受け、東海道新幹線を運転したんです。でも、その後2週間で辞めてしまった。中間管理職になる自分が想像つかなかった。

絵本作家デビュー直前に描きためていた絵。空想の世界が広がる
絵本作家デビュー直前に描きためていた絵。空想の世界が広がる

 JR退職後、雑誌を作りたくて、取材や撮影、誌面構成を自分で勝手に続けているうち、グラフィックデザインの仕事に出合った。絵を先輩に褒められ、「本気でやろう」。アクリル絵の具の存在を画材屋さんで知り、深夜、自宅で描き続けました。伝えたいことを分かりやすくするため、連作にし、テキストを付けて。たどり着いた答えが絵本だったんです。表現の手段として、これがあるという感じ。

――好評を博し、シリーズ5作目。まだまだ紹介できていない「しごとば」がたくさんある。

 もうホント、終わりがないですよね。仕事ってどんどん増える。だって昔、アプリ制作会社なんて無かった、ベンチャー社長、仮想通貨も。仕事がある限り、描き続けていこうと思っています。