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「五日市憲法」書評 民権国家の夢と明治の躍動映す

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2018年07月28日
五日市憲法 (岩波新書 新赤版) 著者:新井 勝紘 出版社:岩波書店 ジャンル:新書・選書・ブックレットの通販

ISBN: 9784004317166
発売⽇: 2018/04/20
サイズ: 18cm/214p

五日市憲法 [著]新井勝紘

 私の見立てでは、近代日本の草創期、選択すべき国家像には四つのタイプがあった。①先進帝国主義の後追い②帝国主義的道義国家③自由民権思想の国家創設④幕藩体制を継承する連邦制国家だが、明治初年代から10年代には民権国家の誕生もありえた。それほど自由民権運動は広がった。
 本書は、その運動の広がりの中で自主的に憲法草案をまとめた西多摩地域・五日市の人々、とりわけ条文を書いた千葉卓三郎の軌跡に、研究者としての著者自身の歩みをからませた書である。50年前の大学生時代、五日市町の旧家(深沢家)の蔵を開けた折に、一私人による憲法草案を発見した。それを歴史の中に位置づけるのが自らの仕事になったというのだ。
 この草案は全5篇からなり、国帝、公法、立法権、行政権、司法権といった構成で204条にまとめられている。第1篇の「国帝」の条文には、国帝の権利として「軍隊に号令し、敢て国憲に悖戻する所業を助けしむることを得ず」(第22条)とある。軍隊に憲法に違背する行動は起こさせないとの意味だという。「立法権」では民選議院にふれ、議員は20万人に1人、任期は3年、2年ごとに半数改選と民主的方向を模索する。
 本書によると、全国の民権結社は、1874年から90年までの17年間で2128を超えたという。これらの組織が中央政府への自由民権運動の下支えになっていた、と著者は見る。つまり、民権憲法擁護の勢力でもあったのだ。
 新憲法の制定は、伊藤博文ら政府の限られたメンバーで密室で行われたのに対し、民権憲法は各地の結社を中心に各層の公議公論によってつくられた、との分析は興味深い。五日市憲法にも植木枝盛の私擬憲法草案の影響が見て取れる。起草者・千葉卓三郎の生涯を追った数々のエピソードにも、明治草創期の躍動が反映していて、民権憲法が主流になっていれば、との思いに改めて駆られる。
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 あらい・かつひろ 1944年生まれ。専修大教授(日本近代史)を経て高麗博物館館長。共著に『戦いと民衆』など。