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孤独は味方にすべきものと知った KOJOE

文・宮崎敬太、写真:有村蓮

 KOJOEはニューヨークのクイーンズでラッパーとしてのキャリアをスタートさせた異色の日本人ラッパーだ。クイーンズはRUN DMCやNASといったヒップホップ界のアイコニックなスターを生んだ地区。KOJOEも当初はすべて英語、もしくはそこに日本語が混じるバイリンガルラップを披露していたが、徐々に日本人に「伝わること」を意識した曲作りをするようになった。

 前作「here」では自分を縛っていたさまざまな鎖から自由になっていく過程を歌にし、最新作「2nd Childhood」ではラッパーとしてのアイデンティティを確立させた自分の今を歌った。そんな彼はどんな本を読んでいるのか? 興味深いエピソードとともに、3冊の愛読書を紹介してくれた。

 「もともと俺はそんなに読書するタイプじゃないんですよ。でもアメリカの黒人コミュニティで暮らしていた時、『日本みたいに豊かな国にはゲトーなんかないだろう? なのに、なんでラップするんだ』みたいなことをよく言われて。日本には下手したらアメリカよりも貧しい場所があるけど、当時の俺は日本の歴史や人種としてルーツになるトピックを全然知らなかったから、何も言い返せなかったんですよ。

 黒人コミュニティでは、みんな普通に自分たちのルーツや権利、政治の話をする。おじちゃんも、おばちゃんも、若いやつらも、ギャングも、みんな。『新しい条例は、いろいろ変わってめんどくせえよな』みたいな感じで。本当に世間話のノリですね。それで俺も少しは日本のことを知らなきゃいけないなと思って、本を読むことにしたんです。あと当時は英語しか使わない生活をしてたから、日本語を忘れつつあったということもあって。そしたらおふくろが隆慶一郎の『一夢庵風流記』をすすめてくれたんです」

日本語を忘れかけた日本人ラッパーが、母にすすめられた歴史小説

 『一夢庵風流記』はマンガ『花の慶次』の原作としても知られる歴史小説。型にはまらない豪傑なかぶき者・前田慶次郎の波乱万丈な人生が描かれている。KOJOEの母は、『花の慶次』を読んでいたなら読書の入門編としてちょうどいいと『一夢庵風流記』をすすめたという。

 「実は、人生で初めてちゃんと本を読んだ(笑)。でもめちゃめちゃ面白かった。俺はマンガよりも小説のほうが好きでしたね。慶次郎の豪傑感が絵に限定されないというか。イメージが浮かぶ文章だから読みやすいんですよ。俺、漢字とか全然知らないけど、前後の文脈でなんとなく読めちゃったし。

 俺が好きなのは松風(馬)が慶次郎を背中に乗せるまでの話。最初は徹底的に拒絶されるんだけど、慶次郎は徐々に松風に心を開かせていくんです。例えば、傷だらけの松風を見て、慶次郎は自分の体を見せる。慶次郎も傷だらけなんですよ。それで、これは刀で切られた傷、これは槍で突かれた痕、ここには火縄銃で撃たれた弾が入ってるとか説明する。実は松風も人間に撃たれたことがあって、体の中に鉛の弾が残ってる。慶次郎の皮膚の下にある鉛の匂いを嗅ぎ分けて、松風は慶次郎が自分と似た者同士だと感じるんです。

 俺はこのやりとりに慶次郎という人物の性格が表れていると思った。惚れたら、相手が人間だろうが馬だろうが関係なく分け隔てなくリスペクトするというか。こういう関係性には、ちょっと憧れますね」

 またKOJOEはアメリカにいた頃、隆慶一郎の日本語に影響を受けてリリックに落とし込んでいたとも話してくれた。曰く「当時は、昔の日本語が音としてカッコいいと思ったんですよ。でも日本に帰ってくると、それだと内容が伝わりづらいということがわかって、なるべくわかりやすく、でも俺なりに壊した日本語でラップするようになったんです」とのこと。日本語を忘れかけた日本人が歴史小説に影響を受けて、日本語でラップを書いていたというのは、なんともKOJOEらしい逸話だ。ちなみに隆慶一郎の著書はニューヨーク時代にすべて読破したそうで、『捨て童子・松平忠輝』もお気に入りだと教えてくれた。

孤独と向き合い続けてるやつが作るアートに魅力を感じる

 2冊目の本は北野武の自叙伝『孤独』だ。自身の55年(当時)を振り返り、家族、青春、暴力などについて赤裸々に語っている。

 「この本は本当に自由で、内容も全然まとまってない。前半と後半で言ってることが違ってたりとか(笑)。でもこれを読んで、孤独も悪くないなって思えるようになった。俺、すっごい付き合い悪いんですよ。誰かと飲みに行ったりもほぼしない。近しい仲間はたくさんいるけど、基本的に昔から一人でいることが多かったんです。誰かと密につるんだり、徒党を組むことが苦手というか。本当の自分を見せるまでにはすごい時間がかかるし。

 加えてアメリカの黒人コミュニティにいた時の経験も大きい。あそこは一回コミュニティの中に入ってしまうと、みんなものすごく温かくて常に愛を感じられる場所なんです。日本で、みんなが想像するような『ゲトー』ではないと思います。その中にいた俺は、当時自分のことを黒人だと思っていました。でもコミュニティと深く付き合うほど、黒人ではない現実の自分がいる。

 属しているのに居場所がない、そんな矛盾した感覚を持っていました。言いようのない孤独感というか。俺ってなんなんだろう、みたいな。でも、この本を読んで孤独は別にネガティブなことじゃない、むしろ味方にするべきものなんだなって思えるようになった。いや再確認したと言ったほうがいいかな。だからか、俺は孤独と向き合い続けてるやつが作るアートに魅力を感じるんですよね。

 この本の「教祖」という項目でこんなことが書かれてるんですよ。『現代で教祖になるには3つの方法がある。1つ目はみんなから尊敬される。みんなからあんな芸をしてみたいと思わせる。2つ目は感謝される。ご飯の面倒をみてあげたりすること。3つ目はみんなを心配させる』。たけしは自分は3つ目だと思ってるみたい。実は俺もそういうタイプなんですよ(笑)。

 俺、制作してるとすぐに暴走しちゃうんですよ。めちゃくちゃなアイデアに突っ走ってしまったり。そうするとみんなが心配して助けてくれるんです。昔はそういうのを拒絶してた部分があるんだけど、最近は素直に受け入れられるようになった」

せめて人間としての筋くらいは通したい

 最後に紹介してくれたのは、主にビジネスマンに向けて書かれたであろう新書『群れない力 「人付き合いが上手い人ほど貧乏になる時代」における勝つ人の習慣』。KOJOEがビジネス書を手に取ること自体がちょっと意外だった。

 「空港で本を買うことが多いんですよ。まずタイトルで選んで、中身をパラパラッと見て、一回のフライトで読みきれそうなものを買う。実は、昔、乗っていた飛行機が突然エアポケットに入って墜落するんじゃないかってくらいの経験をしたことがあるんです。それ以来、飛行機で寝られなくなったので本を読むことにしました。

 緊張してるから大抵の本は頭に入ってこないんだけど、この本は印象に残ってますね。だって『狼は生きろ、豚は死ね』とか書いてあるんだもん(笑)。この著者は、群れることで安心感を得ている人たちのご都合主義を批判してるんです。書かれていることすべてに共感したわけではないけど、単純に面白かった。『Facebookで友達の多い人は人脈豊富だなんて全部嘘』とかは、俺自身も薄々思ってたし。SNSのフォロワー数なんて、人間の素晴らしさを測る尺度にはならない」

 3冊を紹介し終えるとKOJOEは「今回選んだのは、俺が思ってたことが間違ってないというか、同じように感じてる人たちもいるんだなっていうのを再確認できた本なんですよ」とまとめてくれた。

 筆者はKOJOEの作品を聴いて、人として守るべき筋を通す、いい意味で昔気質な男という印象を持っていた。彼が好きな本とそれにまつわるエピソードは、どれもそのイメージと寸分違わぬものだった。それを本人に伝えると笑いながらこう答えてくれた。

 「俺はラッパーとして生活を送っていて、それこそ世間一般的に言われる様な真っ当な生き方って、あまりしてこなかったかもしれない。だからせめて人間としての筋くらいは通したい。ただでさえ、だらしないって思われがちな職業だと思うんで(笑)」

KOJOE “PenDrop” feat. ISSUGI (Official Video)