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「嫌われる勇気」に「しんちゃん」…ラッパー写楽の揺れる心を再定義した本

写楽さん=篠塚ようこ撮影

インタビューを音声でも!

 好書好日編集部がお送りするポッドキャスト「本好きの昼休み」で、写楽さんのインタビューを音声でお聴きいただけます。以下の記事は音声を要約、編集したものです。

写楽さんが選んだ本

・岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)
・臼井儀人『クレヨンしんちゃん』(双葉社)

自分の内と外を見つめ直した本

――今回の選書テーマを教えてください。

写楽:自分の内と外を見つめ直すきっかけになった本を持ってきました。5年前に読んでた本です。当時の僕は激しい躁鬱状態でした(双極性障害)。仕事を休みがちになったかと思うと急に元気になり、その繰り返し。それに疲れちゃって、自分のことをもっと知りたいと思ってた時、外からヒントをもらおうと思って出会った本たちです。

――5年前というと「高校生RAP選手権」(以後、高ラ)に出場してた頃?

写楽:そうです。あの頃はそれこそ「高ラ」をはじめフリースタイルバトルのいろんな大会に出まくっていたんですが、ちょっと疲れてしまったので一旦お休みすることにしたんです。急に日常生活に戻って地に足がついた状態で自分を顧みたらいろいろわかんなくなっちゃったんです。なんだか落ち着かなかったり、急にハイ(躁状態)になってしまったり。もうグルグルってなってました。

――バトル続きの生活で気づかないうちにストレスが溜まっていたのかもしれないですね。

写楽:バトルって楽しいんです。だからいろんな大会に出まくってました。自分の問題ですね。外にばかり意識が向いてて、内側を見つめてこなかった。そのギャップが気づかないうちに自分のストレスになっていたんだと思います。

 

――では持ってきていただいた本の紹介をお願いします。

写楽:まずは有名な『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』です。躁鬱がひどくなって仕事に行けなくなってふらふらしてた時、本屋で見つけました。自分では意識してなかったけど、変わろうとしてたんだと思います。そしたらこのタイトルが目に入ってきて。装丁の色味も良くて。自分の心境と、この本を取り巻く複合的な要素がピシャッとハマったんでしょうね。この本からいろんな角度の考え方を教えてもらいました。当時の僕は自分の視野の範囲内にあるものが全てで、抜け道というか、他の考え方がまったくわかんなかった。だから“人は自分をそんなに気にしてない”みたいなことが書かれたこの本の内容は肩の荷をおろしてくれたというか。僕が生きたいように生きればいいなって思えたんですよね。

――こういうことって往々にして、言うは易く行うは難しですよね。

写楽:そうそう。後々「(本に書かれていたことは)あ、そういうことだったのか」と感じるけど、渦中にいると周りが全然見えない。僕の場合、(躁の時は)ポジティブだけどギラギラしてとげとげした熱のようなものが自分の中にあって。そのことを後々思い出してドーンと堕ちる。

 

――快復に至る中で写楽さんの思考はどのように変化しましたか?

写楽:僕は自分の内面が外に対してどう反応してるのかをずっと見つめて観察していたんです。そしたらだんだんパターンがあることに気づいてきて。じゃあそこをどう攻略するか、みたいなことを試し続けていました。そこからかなり良くなっていきました。

――カウンセリングを受けていたんですか?

写楽:カウンセリングは受けてないんです。自分で自分の心の動きを見ながら、「この感じはこれからの生き方に必要あるかな」と自問自答して、ちょっと重そうだったら違う方向にシフトして、心地よかったら取り入れるということをしてました。いろんなエッセンスを取り入れたし、逆に手放したこともたくさんあります。

――なるほど。そのきっかけが「嫌われる勇気」だった。

写楽:そうですね。ここから本当にいろんな視点をもらいました。

適当だけど優しい、心の支え

――次の本は。

写楽:『クレヨンしんちゃん』。子供の頃、熱を出した時に母が買ってくれたんです。自宅の本棚にいつもあって、ちょっと時間あったり、1人でいたりする時に読みます。僕はしんちゃんが大好き。ギャグセンスも好きだし、適当だけど友達にはすごく優しい。僕の人生にはしんちゃんのエッセンスが入ってると思う。

――確かにしんちゃんも心地よさを大事にして頑固でもありますもんね(笑)。

写楽:言われてみればそうですね(笑)。「しんちゃん」は人生のパートナー的な側面があるかも。小学生と高校生の時に入院したことがあって、その時にずっと読んでたんですよ。「しんちゃん」て良い意味で脱力できる。「あほだなあ」って(笑)。肩の力が抜けてリラックスできるというか。

――しんちゃんって距離感が絶妙ですもんね。近すぎないけど、突き放すわけでもない。

写楽:そうなんですよ。高2の時、スケートボードで骨折しちゃって。当時はイキってたんで、本当は通っちゃいけないとこで技を決めて、周りの人に見せつけてやろうと思ってたんです。でも着地の瞬間にボキっといっちゃって。パニックになりすぎて、救急車を呼ぶこともできず、母に連絡して迎えに来てもらったんです(笑)。2週間くらい入院してたんですけど、その時にずっと「しんちゃん」を読んでましたね。

 

――そんな過去が。

写楽:そうなんです。スケートボードのカルチャーには憧れがあったんです。スケートボードのお店に行くと、ちょっと悪そうなんだけど、みんなB-BOYっぽいファッションで、かっこいい音楽を聴いてて。特別な空気感がありました。「じゃあ今からプッシュ行くか」ってボードに乗って行って。街に根付いて遊ぶカルチャーだと思うんです。あとスケボーの部品をいろいろ組み替えてるのもなんかすごくかっこよく見えて(笑)。

――スケートボードのカルチャーは本当にかっこいいと思います。

僕も真似してスケートボードをやっていたけど、この時の怪我がきっかけで、気持ちがフリースタイルに傾きました。怪我してから怖くなっちゃったんです。

――その時、しんちゃんが支えてくれたんですね。

そうです。今日こうやって紹介してたらまた読みたくなってきました(笑)。

Aru-2さんはもう一人の自分

――それらの話を踏まえて、プロデューサーのAru-2(アルツー)さんと制作されたアルバム「Sakurazaka」について伺いたいです。

写楽:Aru-2さんとは5年前くらいに静岡のイベントで出会いました。そこから各地でご一緒させていただく機会が多くなって。ある日、Aru-2さんが「よかったらこれでラップしてくれ」と数曲分のビートを送ってくださったんです。

――写楽さんにとってAru-2さんは心地よい存在だった?

写楽:もうまさに。Aru-2さんは心地よさを探求してる方だなってすごい感じる。自分と同じ星にいるというか、同じ種族というか(笑)。年齢は僕より結構上なんですけど。一緒にいる時間が長ければ長いほど、その感覚が強くなります。ほのぼのされていて。同時に音への向き合い方にも共感できる。

――制作はどのように進んだんですか?

写楽:制作を開始したのは3年くらい前で、最初はアルバムを想定してなかったんです。いろんな街で一緒に深夜のイベントに出て、翌朝に2人で散歩して、その流れから曲を作ったりしてたんですね。そしたら段々(曲が)溜まってきて、Aru-2さんが「これはアルバムとして出そう」とおっしゃってくださいました。僕、10代からAru-2さんの音楽が好きだから、本当はお話しできるだけで嬉しくて。しかも一緒に曲まで作れるなんて最高じゃないですか。さらにアルバムを出せるなんて夢のようでした。

――「Sakurazaka」の制作はAru-2さんが引っ張ってくれた?

写楽:間違いないです。僕がなかなか歌詞を書けなかったりして完成が遅れちゃったけど、僕を理解して大きく包んでくれている感覚でした。でも時間がかかったぶん、このアルバムには自分の人生の考え方や捉え方の進化が見えると思う。

――時間がかかった分。

写楽:作り手としてはこの3年間の自分のさまざまなチャプターが刻まれてるように思います。この時に何を感じていたとか、こんな音楽を聴いていたとか。情景が見える作品になったと思う。

――アートワークも素敵ですね。

写楽:Aru-2さんがディレクションしてくれました。鹿児島で活動されているデザイナー/アーティスト・Yoshito Ikedaが手掛けてくれました。活きいきとしてるようにも見えるし、鬱々としてるようにも見える。色味も含めて喜怒哀楽と死生観が表現されています。素晴らしいと思います。

――今日紹介してくれた本の話を踏まえると、写楽さんにとってこの3年間は簡単ではなかったと思いますが、側にAru-2さんがいてくれたことが大きかったようですね。

写楽:はい。もう一人の自分と一緒にいるような感覚なんですよね。来年はこのアルバムを持っていろんな街にライブしに行きたいと思っています。今日紹介した本と合わせて「Sakurazaka」も聴いてもらえると嬉しいです。