きっかけはある番組だった。
フジテレビのプロデューサーとして2002年に発覚した男女9人を監禁し、計7人が死亡した北九州市の陰惨な事件を取り上げた。すると、ある人物から抗議の電話がかかってきた。主犯格の男性死刑囚と実行犯である内縁の妻の間に生まれた長男(当時24歳)からだった。
その後、「息子」と信頼関係を築き、自らインタビューした。事件の断片的な記憶や虐待を受けた過去について、告白された。「親父(おやじ)に似ているんだと思います」「同じことをしてしまうんやないかな」
昨秋、2回に分けて放送。匿名で顔は映さなかったが、声はそのまま流した。関東ローカルで日曜昼の番組ながら、後編の視聴率は10%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)になった。
「直前は彼に迷惑をかけないか、生きている心地がしなかった。ですが、想定外に共感や応援といった反響が多かった」
後編の放送翌日、出版社から連絡があり、編集者から本の執筆をすすめられた。「意気に感じて思わず、はいと答えてしまった」と笑う。追加取材も行い、「自分の気持ちを込めて」まとめた。LINEで日々、やりとりする関係になった「息子」も出版は歓迎しているという。「散々嫌な思いをしてきただけに、自分のことを知ってもらいたい気持ちがある」
1990年にNHKに入局、ディレクターに。担当したNHKスペシャルは、文化庁芸術祭優秀賞も受賞したが、局内は当時、作り手の都合が優先され、視聴者が不在だったという。「見てもらってなんぼ。民放の雄で、視聴率競争を」と2005年にフジに飛び込んだ。
ドキュメンタリー畑を歩んできた。SNSで個人が自由に発信するようになり、既存メディアを軽視する風潮も顕著だ。ドキュメンタリー低調も指摘される。だが、「丁寧に取材し、リアルで共感できる人を描く。無料で気軽に見られるテレビドキュメンタリーの需要は尽きない」と語る。「人様の人生を預かっていることを忘れない」と肝に銘じる。その思いが、「息子」に届き、番組や本として結実したのだろう。(文・岩田智博 写真・林紗記)=朝日新聞2018年8月18日掲載
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