わたしの小説『寝ても覚めても』が映画になってもうすぐ公開になるのだが、昨年の夏は撮影の見学に行っていた。
最初に行った日、原作者として緊張していたが、始まってすぐ、千葉県出身の伊藤沙莉(さいり)さんの大阪弁の台詞(せりふ)を一言聞いた瞬間、あまりにうまくて違和感がなく、ああ、こういう感じの子、大阪にいてるなあ、と安心したのだった。
関西の人は覚えがあると思うが、映画などで方言に違和感があると集中できなくなる。しかし、違う、と「正解」を発音できても、相手がそれをうまく言えるように説明することは難しい。無意識にしゃべっているので、分析して考えたことがないからだ。先日も、主演の東出昌大さんに「前に」が二つあるのが難しかった、と言われて、一瞬なんのことかわからなかった。「ま」にアクセントがある「まえ・に」は時間(前に行ったことある)、「え」が強い「ま・えに」は方向(前に出して)を表す。ほ、ほんまや! 使い分けてるけど、気づいてなかった! ちなみに共通語ではどちらも「まえ・に」である。
今回は映画に俳優として出演もしている村上かずさんが方言指導をしてくださっていて、このタイプの単語は文章中で必ず低く発音するとか、独自に法則を見つけ、わかりやすく伝えていて、感心することしきりだった。おかげで、俳優さんはみんな関西出身に違いないと思うほど、大阪ことばの響きがよかった。
方言は、文法的な解説を学習する機会がほとんどない。当たり前すぎること、使い慣れすぎていちいち意識しないようなことは、よく知っているつもりで、実はよくわかっていないのかもしれない。
以前、わたしの小説の感想で「大阪弁には『ててんて』なんていうかわいいリズミカルな言葉があるのか」と書いてあった。「……しててんて」の「ててんて」。そう言われると急に、素敵(すてき)な言葉に思えてきた。少し距離をおいて発見してもらえることは、すごくおもしろくて、うれしいことだと思った。=朝日新聞2018年8月27日掲載
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