ISBN: 9784815809140
発売⽇: 2018/07/11
サイズ: 20cm/329p
ISBN: 9784585230632
発売⽇: 2018/06/29
サイズ: 20cm/280,3p
戦後ヒロシマの記録と記憶(上・下) [編]若尾祐司・小倉桂子/ヒロシマ・パラドックス 戦後日本の反核と人道意識 [著]根本雅也
広島への原爆投下がもたらしたのは、ただ破滅のみだった。この街が、「平和の象徴」となったとすれば、それは完膚なきまでに破壊された人間と人間性とを回復すべく闘った人々がいたからである。それを雄弁に物語る2作だ。
『戦後ヒロシマの記録と記憶』は、『灰墟の光 甦えるヒロシマ』(1961年)の執筆を進める政治記者ロベルト・ユンクに、後に広島市渉外課長などをつとめた小倉馨が送った手紙を編纂・翻訳したものである。米国生まれで英語に堪能な小倉は、57年から2年半、欧州で執筆するユンクのために、広島の状況をつぶさに報告した。800ページを超える手紙には、広島が国際平和都市として復興する傍らで、被爆者が後障害の不安に苛まれ、生活に苦慮する様子が記されている。冷戦下、原水禁運動が党派対立を深める状況も描かれる。
書簡の核となるのは、原爆被害と向き合う多彩な人々への取材記録だ。その中には「原爆の子の像」建立に奔走し、用務員をしながら生涯を平和運動に捧げた河本一郎や、被爆瓦や石に残された熱線の跡を調べて原爆炸裂点を割り出し、後に原爆資料館初代館長となる長岡省吾らが含まれる。他にも「原爆症」をめぐる専門家の見解や、日本の裁判制度など実に多くの情報が書き送られているが、小倉の願いは唯一つ、ユンクの著書を通じて核実験禁止の重要性を世界に知らしめることである。
しかし、『ヒロシマ・パラドクス』によると、広島の平和運動に見られる普遍主義や人道主義には、様々な「副作用」も潜んでいた。特に重要なのは、「人類という立場」が強調された結果、米国の投下責任や日本の戦争責任が不問にされ、反核運動が非政治化したことである。事実、広島市では政治的立場を超えた平和施策が合言葉となり、「祈りの場」とされた平和記念公園から政治運動は排除された。この動きは、「被爆体験の継承」のあり方にも影響した。被爆者の語りを通じて原爆に対峙し、その意味を問う批判的行為としての「継承」ではなく、画一化された語りを受け入れる制度化された「継承」が一般化したのである。それは結果的に被爆者の肉声を遠ざけることになった。
原爆投下から73年、日本は被爆国を自任しながら原爆の非人間性を原点とした平和論を構築することに失敗してきた。この失敗は、被爆者の願いをよそに、核抑止論を公然と支持し、核兵器禁止条約への署名を拒否する政府の態度に象徴されている。そのような中、この二つの労作は私たちに次のように問いかけているのではないか。原爆に抗ってきた人々の声に耳を傾け、原爆の非人道性を思想に紡ぐ努力をしてきたのか、と。
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わかお・ゆうじ 1945年生まれ。名古屋大名誉教授。おぐら・けいこ 37年生まれ。平和のためのヒロシマ通訳者グループ代表▽ねもと・まさや 79年生まれ。日本学術振興会特別研究員。社会学専攻。