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読むべき本は、いつもお店の棚で光ってる 田我流(stillichimiya)

文:宮崎敬太、写真:有村蓮

開高健のルポ「オーパ!」は文章が色っぽい

 喜怒哀楽が詰まった傑作「B級映画のように 2」をリリースしてからの田我流は、とても精力的に活動していた。地元・山梨の仲間たちとのグループ・stillichimiyaでアルバムを発表し、さらに日本全国をツアーで回った。そして音楽的な探究心からバンド編成のアルバムも制作した。

 その後、小休憩を取っていた田我流が、2018年に再び動き出した。8月に発表した久々の新曲「Vaporwave」は、生音感のあるサイケデリックなビートに、トラップスタイルのラップを乗せたナンバーで、これまでの作品と比べるとだいぶ肩の力が抜けたように感じられた。だがラップもリリックもこれまで以上に芯が太く、鋭いのだ。今回は新たなステージに突入した田我流に、おすすめの3冊を選んでもらった。

田我流 “Vaporwave”

 「ずっと山梨でのんびりやってますね。最近はもっぱら制作と釣り(取材時は9月末)。もうすぐ山に入れなくなっちゃうから、毎朝日が昇る前から行ってますよ。俺が釣ってるスポットはすごい山奥の『えっ、こんなとこ行くの?』みたいな場所。道なんてないから、初めての人は引くと思う。苔だらけで滑るし、実際に怖い。超ハードな場所でやってます」

 田我流は生家の前に川があったため、小学校1年生の時から川釣りをしていたという。そこから二十数年、釣りを突き詰めた結果、現在のエクストリームな釣りに行き着いた。田我流にとって読書の入り口も釣りだった。図書館で釣りや魚に関する本や図鑑、百科事典などを読み始めたという。ちなみに初めて読んだ文学は祖父に買ってもらったヘミングウェイの『老人と海』。田我流は幼い頃から釣りにまつわる小説を少しずつ集めているという。釣りをテーマにしたさまざまな著書を残している井伏鱒二もお気に入りの作家の1人だ。

 「今回紹介するのは、開高健『オーパ!』です。この本は開高健がアマゾンのジャングルに幻の魚とか怪魚とかを釣りに行くというルポルタージュで、この他にも北米編とアジア編があります。ただ釣りをするだけじゃなくて、日本から料理人も連れて行って現地の食材を料理して食べたり、村があったらそこの人たちと一緒に賭け事をしたり。衣食住すべてが書かれているんです。カメラマンも含めて何人かのスタッフと現地に行くんですが、開高健は本業の小説を全部終わらせてから行ったそうです。それくらい過酷で、先が見えないものだったんでしょうね。なんせ下調べだけで1年半かけたみたいだから。あとこの人は小説家だから、ただのルポルタージュより文学的ないろっぽい表現が多い。釣れない時の心境とか。ただ待ってるだけなんだけど、そこで移り変わる感情の流れが丁寧に描かれている。この本はエンタメとしてむちゃくちゃおすすめです」

現代人として自然と真摯に向き合う姿勢に感銘を受ける

 田我流は読書家としても知られている。日本の純文学はもちろん、ポール・オースターをはじめとするアメリカ文学なども読んできた。だが彼の今の気分はルポルタージュやハウツー本だと話してくれた。

 「一応小説もちょこちょこ読んではいるんですよ。ただ自分が歳をとって作家たちと同世代になってくると、読んでても感じ方が変わってきちゃって。俺は根底にハードボイルドな雰囲気がある作品が好きなんですけど、最近の同世代の作家にはあまりそれが感じられない。言い回しとか何かを追求する姿勢とか、理解できる部分もあるけど根本が共有できないというか。チマチマした感じより“男の中の男”みたいなのがいい(笑)。ただこれは単純に俺の好みの問題なんですけどね」

 そう話す田我流が2冊目に紹介してくれたのが『サバイバル登山入門』なるハウツー本だ。著者の服部文祥は、山岳雑誌「岳人」の編集者でもある。タイトルにもある「サバイバル登山」は彼が作った言葉。それは「テントなし、時計なし、ライトなし。米と調味料だけ持って、シカを撃ち、イワナを釣って、山旅を続ける。 登山道には目もくれず、沢とヤブを突き進む」登山スタイル。大自然の中で完全な自給自足を追求するための方法が記された一冊だ。

 「この人はイワナの生態調査のためにアラスカやシベリアに行ったりもしてて『情熱大陸』にも出ていました。この本の面白いところは、書かれていることのすべてが彼の経験から得たことということ。だからテントの立て方みたいな、一般的なセオリーが載ってなかったりする。書かれていることは、夜になったら歩かないとか、濡れた服が一番体力を奪うみたいな基本的なことなんです。でもそれは生死に直結することなんですよ。この本には『地図は間違えない。人間が間違える』みたいなパンチラインがゴロゴロあるのも好きですね。

 あとこの人は米と調味料だけ持って山に入って、自然の動物を狩って食べるんです。そこでなぜ人間は動物を殺しても罪にならないのか、と自問自答するような場面もある。命の重さは人間も動物も同じなのにって。この人は自然とは何か、ということを現代人として考えてる。だから結構哲学的なんですよ。

 俺は山梨で生まれ育ってるから、都会の人たちより自然について考えることが多かった。実際数年前に大雪で交通網が寸断された時、山梨は陸の孤島になってしまったこともあったし。そういう時、自然の中では現代人のルールが通じなくなる。もしも食料の供給網が断たれてしまったら、その辺に生えてる草を食べるしかないわけで。それこそシカを撃ったり、罠を作ったり。俺はいざという時そういう男でありたいんです(笑)。それにこの人、俺の釣りスポットのすぐ近くでサバイバルしてたりもしてて、そういう部分でも面白かった」

久しぶりに「マジで震えた」小説

 「本屋さんにはよく行きます。コレと決めたものを買いに行く、というよりはフラッと見に行く感じ。本って人生と同じでその時の自分に何がフィットするかわからないから、俺はいつも全コーナーを練り歩くんです。普通の文学作品はもちろん、旅や宗教書の棚とか。そうすると光ってる本があるんですよ(笑)。作家の名前とか、全然知らなくてもとりあえず買って読んでみる。でも面白いことに、そうやって買った本に自分が悩んでたことや、知りたかったことの答えが書かれてたりするんです」

 最近はルポやハウツーばかりを読むという田我流が「ぶっ飛んだ」と絶賛したのがジェイムズ・ディッキーの『救い出される』という小説だ。もちろんこの本も棚で光ってたそうで「特に表紙のオールが輝いてた」とのこと。この『救い出される』はもともと「わが心の川」というタイトルで刊行されていたものの、あえなく絶版。それを小説家の村上春樹と翻訳家の柴田元幸による企画「村上柴田翻訳堂」で改題して復刊された。

 「1960年代くらいのアメリカ南部が舞台で、40代のサラリーマンが4人で山にラフティングしに行くという話なんですよ。最初のほうは、仕事と家庭で板挟みになった中年男の『幸せなんだけど満ち足りてない』感覚についてすごく細かく書いてたから、彼らが自然の中で人生の大切なものを見つける、みたいな話かと思ってたんです。そしたら途中から怒涛の展開になって。当時のアメリカにはまだ山奥にアウトローたちがいて、4人はそいつらに遭遇しちゃうんです。そこからは穏やかな川の流れが荒れていくように、物語もどんどん荒れていっちゃう。これは本当に面白い。久々マジで震えました」

 自然に関する本を持ってきてくれた田我流に選書の理由を聞いてみた。

 「この3冊は、生活にちょっと退屈さを感じているけど、アウトローにはなれないような普通の人に読んでもらいたくて選びました。自然って身近だけど、実はすごく怖い。でも同時に崇高さがある。俺は自然にロマンを感じるんです。ロマンとは、理屈を超えたところにあるピュアな欲求。でもそれは決して簡単には手に入るものではなくて、物事を深く考えて、さらにいろんな角度から捉え直したりした先に待ってるもの。だからこそ追求する意味がある。

 今の世の中はお金を積めば幸せになれると思ってる人が多いし、そういう歌も多いけど、俺は逆にもっとシンプルになっていくことをお勧めしますね。次に出す新曲は『Simple Man』というタイトルで、プライドとか意地とか、余計なものを全部脱ぎ捨てればもっと楽になれると思うということを歌っています。いまの時代はSNSとかで人の目を気にせざるを得ないような環境だけど、みんながスターのように振る舞う必要はないと思う」

 田我流は常に時代の空気を感じながら曲を書いている。前作「B級映画のように 2」は田我流個人のエモーションが東日本大震災後の混乱した日本と呼応したからこそ、多くの人に支持された。そんな田我流の視線の先には、いま何が映っているのだろうか。その答えは、今回の3冊と新曲「Simple Man」の中にあるのかもしれない。

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