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進む医療、命めぐる新たな葛藤

東直子が薦める文庫この新刊!

  1. 『朝が来る』 辻村深月著 文春文庫 756円
  2. 『院内カフェ』 中島たい子著 朝日文庫 670円
  3. 『レプリカたちの夜』 一條次郎著 新潮文庫 594円

 医学の発展により、「人生50年」というフレーズが、今や死語となった。不妊治療を経て生まれる子どもも増えている。科学の力で命をコントロールできる時代を、私たちは生きている。

 そのことを、臨場感あふれるミステリーとして味わわせてくれるのが(1)。長年の不妊治療が実らず、一度は子を持つことをあきらめた夫婦が、民間団体を通じて事情のある子どもを特別養子縁組して迎え入れる。授かった子どもを愛情深く育てている夫婦のもとに、「返してほしい」という電話が入る。一方で、子どもを他人の家庭に託さなければならなかった産みの母親側の心理も、ひしひしと伝わる。人が生まれて育っていく上での、この時代ならではの問いが突きつけられる。

 (2)は、昨今増えている、病院内に併設されたカフェを舞台にした物語。ここには、病を抱えた人、見守る人、そして病院とは関係のない人も訪れる。どんな事情を抱えていても、カフェに座る目的は飲み物とともにリラックスすること。特殊なことと普通が混在している、ユニークな場所なのだ。そんな病院内のカフェでバイトをする、作家でもある女性の目を通して柔らかな筆致で語られる人間模様には、人生の謎と苦みと醍醐味(だいごみ)がたっぷり詰まっている。

 (3)は、とある工場でシロクマを目撃するところから始まる、風変わりな小説。「新潮ミステリー大賞」を受賞した作品なのだが、一般的なミステリーのイメージとは大きく異なる。ここでは、シロクマをはじめ、多くの動物たちが絶滅している。シロクマが現れた工場は、絶滅してしまった動物たちをリアルに再現するレプリカ工場なのである。最初は、工業製品を扱う現場の描写とともにシロクマの謎に引き込まれていくのだが、シュールで不条理な展開が次々に畳みかけられ、戸惑う。奇妙な登場人物の言動に思わず笑ってしまうが、直後にひどくぞっとする。もしかしたら、今、命はこんなふうに奇想天外な領域にあるのかもしれない。=朝日新聞2018年11月3日掲載