- 『詩の構造についての覚え書 ぼくの《詩作品入門(イニシアシオン)》』 入沢康夫著 ちくま学芸文庫 1210円
- 『ブロッコリー・レボリューション』 岡田利規著 新潮文庫 649円
- 『河を渡って木立の中へ』 ヘミングウェイ著 高見浩訳 新潮文庫 1045円
詩は、分からないものであるのか、という問いは、分かるとは何か、詩とは何か等の、幾つもの論点を内包している。この前提たる論点を曖昧(あいまい)にしたまま、詩は自由なものである、というテーゼばかりが喧伝(けんでん)され、独り歩きしているために、詩は難解なもの、という評価がときになされている現状がある。
(1)は、「詩は表現ではない」とする筆者による画期的な詩論集である。これまで論点が曖昧にされてきた詩について、構造を読み解き、疑問点に一つずつ応えることによって、つまびらかにしてゆく。いわゆる、詩の読者だけではなく、小説等の近接ジャンルをはじめ、表現と名の付くすべての創作物及び創作者への示唆に満ちている一冊となっている。
(1)が、詩を問うものであるのに対して(2)は、小説の拡張性の高さを知らしめる一冊となっている。小説と名指された文の束が為(な)してきた、一人称の操作や時系列の飛躍という実験精神は、そもそも何のために為されてきたものなのか。本書は、小説という形態を存分に活用し、小説という枠を問うている。書くこと、そして読むこと、というシンプルなテクストの往還によって編まれた作品を前にして、読者に何がもたらされるのか。刺激に満ちた体験が、この読書にはある。
(3)は、『老人と海』で名高い作者による長編。個の自由意思も尊厳もない戦争に翻弄(ほんろう)される人々を克明に描く。人間とは何か。人は何故(なぜ)書き残すのか。何千、何万の死者の声を聞くとき、内にある感情の火花が萌(きざ)す。=朝日新聞2025年5月3日掲載
