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絶望に寄り添ってくれる本とは 辻山良雄が薦める文庫3冊

辻山良雄が薦める文庫この新刊!

  1. 『みんな彗星(すいせい)を見ていた 私的キリシタン探訪記』 星野博美著 文春文庫 1166円
  2. 『絶望読書』 頭木弘樹著 河出文庫 950円
  3. 『深呼吸の必要』 長田弘著 ハルキ文庫 670円

(1)フランシスコ・ザビエルがキリスト教を日本に伝えてから約1世紀、キリシタンの世紀はその殆(ほとん)どが受難の連続であった。異国から来た宣教師と、日本人の信徒たちの足取りをたどる探訪記は、リュートという古楽器との出合いからはじまるが、旅はその音色に流されるかのように東京から長崎、ついにはスペインへと向かう。
 著者は宣教師や信徒たちの歴史を紐解(ひもと)く際、その事実を〈個人〉として受け止める。それは我々と同じく確かに生きていた〈人間〉を、歴史の狭間(はざま)に見つめようとする態度でもある。一つ一つの出来事が一本の線となり次第に物語性を帯びていく文章は、ダイナミックであり清々(すがすが)しい読後感だった。

 人間誰しも、「絶望」はしたくない。しかし長い人生には、つらく、絶望せざるを得ない出来事が転機となる場合がある。(2)は自身難病で苦しんだ体験を持つ著者が、その苦しさ・悲しさとの付き合いかたを説き、その際に寄り添ってくれる本を紹介した一冊である。
 ここで紹介されている本には古典が多い。古典は「いつの時代にも多くの人たちが必要としてきた文学」であり苦しいときにその真価が鈍く輝く。入院中の六人部屋の患者がみな著者の読んでいた『カラマーゾフの兄弟』や『罪と罰』に読みふけったという話は示唆に富み考えさせられる。無理に感情を切り替えるのではなく、そのときの気持ちに浸りきることが大事だという著者の筆致は優しく、それ自体が「効く読書」となる。

 普段意識はしなくとも、子どもの頃の記憶はその人のなかにあり続け、自分自身に立ち返るふとした瞬間に、その姿を鮮明に現す。長田弘の代表詩集ともいえる(3)は、そうした読むものそれぞれの個人的な記憶を呼び起こす、開かれたことばで書かれている。
 文中から聞こえてくる、静かで強い長田の声は、自分だけに語りかけられているような気にさせられる。ゆっくりと味わえば、そのことばが身体にしみ、慌ただしい日常からは解き放たれる、〈自然〉がごとき散文詩だ。=朝日新聞2018年11月10日掲載