ものが複数あるのって、うれしい
――「まる しかく さんかく」「ぞう ふね さんかく」「ばす れもん れもん」。ページをめくるたび、縦に並んだいろんな「三つのもの」が画面いっぱいに現れる。ただそれだけなのに、心が弾むのはどうしてだろう……。不思議な味わいを持つこの作品は、2008年に発売された赤ちゃん絵本『まる さんかく ぞう』。作者は、新潮文庫のキャラクター「Yonda?」などを手がけ、2人組ユニット「100%ORANGE」としても活動する及川賢治さん、竹内繭子さん夫婦だ。
及川:ふと思いついたんです。「積む」って楽しいなって。ものが複数あるのって、うれしいですよね。リンゴが1個より、3個並んでいるほうがうれしい。で、それが縦に積み重なっていたら、よりうれしいと思いませんか?
何で赤ちゃんって、積み木を積むんだろう? 人が亡くなると、なぜ河原に小石を積むんだろう? 灯篭も石を積み上げたものだし、雪だるまも小さいのと大きいのが二つ。それに積むって、形状だけじゃなく、言葉にしても面白い。鏡餅は「みかん もち もち」、灯篭は「いし いし いし」……。うわあ、これはすごいことに気づいた!と思いました。
でも僕、ひらめいた後って急速に自信がなくなるんです。自分では面白い気がするけど、それを他の人に話してどう思うかな、って。竹内には大興奮で話したのですが。
竹内:彼の感覚は共有できたし、面白いと思いました。ただ、最初に編集者さんに話した段階では、1枚の紙にいくつか絵を描いて見せたので、本として成り立つかどうかも分かりませんでした。
及川:編集者さんは微妙な反応だったよね(笑)。その後ちゃんとラフを作って、絵本としての具体的なイメージを提案していくうちに、だんだん興味を持ってもらえました。
僕がいいなあと思うことって、大抵いつも「面白い未満」な状態で、自信が半分、不安が半分。「こうこうだから、子どもが好きだ」とか、筋道を立てて説明できないし。ただ、これはすごく心の中が喜ぶようなアイデアではあるなと思いました。日本に限らずどこの国の子でも、面白いと思ってくれるんじゃないかなあと。
笑っちゃうような「ありえないこと」も大事に
――「積むって面白い」。そんな本能的な感覚を伝えるため、無駄を徹底的になくしてデザイン的に仕上げることを大切にした。登場するのは、図形や果物、動物など、赤ちゃんが見ても分かる、口当たりがよくてシンプルな形のもの。色使いや絵の組み合わせなど、試行錯誤を重ねた。
及川:構成はけっこう考えました。僕が描いたものに対して、竹内が「こうしたらどう?」と意見を出して。手描きの線画をパソコンに取り込んで、あれこれ順序を入れ替えてみたりしました。最初は抽象的な「さんかく まる しかく」から始まって、「ぞう ふね さんかく」みたいにだんだん不思議な組み合わせになっていき、最後はまた抽象的なもので少しだけ落ち着く。オチまではいかないオチが何となくあるような感じになっています。
竹内:知育絵本みたいにものの種類をなるべく多くすることもできたと思うんですけど、それはやらないということは意識しました。
及川:僕が勉強嫌いだったからね(笑)。子どもって、何か覚えさせようとしているな、ってすぐ感じ取っちゃうものですから。
あと、「ありえないこと」も大事なのかなと思って作りました。「ぞう ふね さんかく」とか、実際に積み上がるわけないし、自分でも笑っちゃう。面白さが理屈で分かるものより、「何だこれ?」っていう、異様なものが残っているほうがいいなと。
「行けるぞ未満」のアイデアがいっぱい
――ワンアイデアを磨き上げて形にしていくことができる赤ちゃん絵本が自分には向いている、と及川さんは話す。ただ、アイデアといっても急にひらめくわけではないという。
及川:「これって面白いかも」と思うのはふとした瞬間ですが、アイデア自体は蓄積してきたものかもしれないです。例えば積み木を積み上げている光景を覚えていたり、賽の河原に石が積まれている様子が記憶に残っていたり。そういうものがいくつか重なって、「お、これ行けるかな?」っていうのが多いです。
「アイデアノート」みたいなところにまとめてあるわけではないんですよ。ノートに書いても見返さないし。何かをやっているときに別のことを思い付いて、横にちょっと書いておく、みたいな感じです。紙の切れ端に絵や言葉を書き留めて、壁に貼っておいたりもします。
そういう「行けるぞ未満」のアイデアはいっぱいあるんです。でも「行けるぞ」までたどりつくものはめったにない。
竹内:「行けるぞ未満」の話は彼からよく聞いていて、「あれってどうなったかな?」って気になったりするんです。私はありだと思うけど、彼の中ではお蔵入りにしていることもあって、若干もったいないなあと思うこともありますね。お蔵に入れる前に、私以外の人にも意見を聞いてもいいんじゃないかなって。
及川:まあ、蔵には入っているから残してはあるんだけどね。ただ、急に面白くなくなって、文字通り描いた紙を捨てちゃうこともある。僕は、「何が面白いんだろう」っていうことに挑戦している気がします。
「すごく好き」って思ってくれる人が何人かいればいい
――及川さんが心ひかれ、また目標としているのは、イタリアを代表する芸術家であり、デザイナー、絵本作家と多彩な顔を持つブルーノ・ムナーリだ。
及川:学生のときに図書館にムナーリの本があって、最初は絵本だと分からず、すてきなデザインのビジュアルブックかなと思ったんです。イラストとして完成度が高く、単純に絵が美しい。それに、謎の部分や理解しがたいところがあるのが魅力的です。
僕たちの絵本も、読んだ人全員が好きになってくれなくてもいいんです。『まる さんかく ぞう』のレビューをネットでいくつか見ると、子どもが微妙な反応をしたという人と、すごく喜んだという人がいて。僕は「よし!」と思いました。「すごく好き」って思ってくれる人が何人かいればいい。
竹内:絵本のレビューって厳しいですよね。「娘が気に入らなかったから★1つです」とか。うちの子基準で0か100か、みたいなところがある。
及川:ただ、好きじゃない映画でも、妙に心にひっかかることもありますよね。そういう意味では、反応は薄くても、実は心に残ってくれたらいいなとは思います。
絵本って、昔からのいい作品がいっぱいあるじゃないですか。僕も本屋さんで買っちゃうのは、子どもの頃に読んでいた絵本だったりするし。だから、『まる さんかく ぞう』を買うのは冒険者ですよ。そういう人がいてくれる世の中って、すてきだと思います。