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無花果ふたたび 佐伯一麦

 この連載の1回目に無花果(いちじく)のことを書いてすぐ、連れ合いとともに英国へ旅立った。もちろん、トランクには無花果の甘露煮を入れるのも忘れずに。
 訪ねた英国人夫妻の住まいは、ロンドンから長距離バスで4時間ほど行った、イングランド南西部のサマセット州にあるウェルズという街にある。バスを乗り継いだブリストルから、牧場や農場が広がる丘陵地を走る途中、特徴のある無花果の大きな葉がときおり見受けられた。ウェルズは、中世の面影を残す古い街並みと、荘厳な大聖堂を持つ人口1万人ほどの市で、イングランド最小のシティといわれる。夫妻宅に到着して旅装を解くと、土産の無花果の甘露煮を渡し、まずはともあれ、地元の農場からもとめたという度数の高いアップルサイダーで乾杯!
 妻の方のリズはフェルト作家で、7年前の震災の折には、仙台で個展を開くために夫のベンとともに我が家に滞在しており、無事にオープニングを迎えられた息抜きに4人で出かけた温泉の露天風呂に入っている最中に大地震に遭遇した。そして今回は、リズと、染めと編みの作家である連れ合いとの二人展をウェルズのギャラリーで開くことになり、私たちが滞在することと相成った。英国は地震があまりない国なので、リズにはトラウマとなったようだったが、ひとしきり思い出話に花を咲かせている様子からは、元気を取り戻したように見受けられた。
 収穫の秋とあって、滞在中の日曜日には、フードフェスティバルが開かれた。175ブースもの出店が、中世マーケット広場や大聖堂に隣接したビショップパレス(司教邸)の庭園などにひしめきあう。チーズやバターなどの乳製品、ハムやソーセージ、蜂蜜やジャム、ビールやサイダー、ワイン、鱒(ます)など新鮮な魚介類、マフィンやファッジなどのケーキやパン、スコッチエッグ、紅茶や珈琲(コーヒー)など……。あいにくの雨にもかかわらず、多くの人出に交じって試飲試食をして回り、探し見つけたジンジャー入りの無花果ジャムを旅の記念に買った。ホームメード自慢を聞かされたり、逆に魚屋のおかみさんからスシの作り方を訊(たず)ねられたり。
 紅花染のワークショップも無事済ませ、帰りの日が近付いた夜、私たちも簡単な和食をふるまい、ささやかな打ち上げをした食卓で、無花果のことからジャム作りの話題となった。リズが、無花果は作ったことはないけれど、庭のメドラー(西洋花梨〈かりん〉)を貯蔵させてのジャムはよく作る、と言い、果物を砂糖と煮て甘い匂いが立つのは、確かに人を幸せな気分にさせる、と一同で頷(うなず)き合った。もっとも、焦がさなければね、とリズが言い加えた。
 帰国して、それらを思い出しつつ書き記すのは、まさしく作家の口福。
=朝日新聞2018年11月24日掲載