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フルポン村上の俳句修行 新宿の小部屋で議論した「眉毛の中のほくろはエロい?」

文:加藤千絵、写真:樋口涼

「今までに見たことがない句」に期待

 11月12日午後7時、リュックをしょって村上さんがやって来たのは東京・新宿のとある喫茶店の個室。ここで月に1度、佐藤文香さん(33)が司会&進行役を務める「小部屋句会」が開かれています。

 1968年以降に生まれた俳人たちのアンソロジー『天の川銀河発電所』を手がけるなど、若手俳人の中心で活躍している文香さん。俳句を始めたきっかけはなんと、テレビ番組「プレバト!!」などでおなじみの俳人・夏井いつきさんとの出会いです。文香さんが神戸から松山に引っ越して通った中学校で、非常勤講師をしていたのが夏井さんでした。「地元のテレビ局が夏井さんに目を付けて、中学生が俳句を通して変わるドキュメンタリーを撮ることになったんです。その時に白羽の矢が立ったのが私のクラスで。キモい生徒だったのでめっちゃ俳句を作ったんです(笑)」

 父親が日本語の研究者で母親が国語の教師、「万葉集研究会」で出会った二人の間に生まれた文香さんもまた「言葉遊びが好きだった」と言います。それから夏井さんがファクスで募集していた句会に投句し始め、俳句甲子園にあこがれて強豪校の松山東高校に進学し、1年の時に優勝、2年の時に個人の最優秀句に輝きました。目指しているのは師匠である池田澄子さんの、さらにその師匠である新興俳句の三橋敏雄(故人)の「自己啓発あるのみ、新しい俳句を書く」。今までにない俳句をつくるのはもちろん、句会でも「今までに見たことがない句が出ればいいなあ」と期待しています。

 小部屋句会では、「五八五の句」「季語がない句」「文法の間違っている句」「記号を入れた句」など、毎回ちょっと変わったお題が出されます。今回は「俳句かどうか分からない句」を含む5句を作って事前に提出することになりました。「俳句かどうか分からない」の解釈は自由です。このお題を受けて、村上さんが提出したのは、以下の5句です。(原文ママ)

  • 昨年度の赤本鍋敷きにして夜食
  • 空席やブロッコリーのなきシチュー
  • 満月や踏んだことない部屋の角
  • 罪映す防犯カメラ冬の月
  • はぐれたら蜜柑売り場でまた会おう

 「俳句かどうか分からない句」は、「蜜柑売り場」の句です。村上さんいわく「蜜柑売り場っていうことしか映像として見えないっていう意味で」キャッチフレーズっぽく作ったとのこと。「満月や~」の句は、もともと作っていた短歌「まだ踏んだことない部屋の角見つめ宇宙とはとか考えている」を俳句にアレンジしたもの。一番自信がある句は「昨年度の赤本」の句で、「まあまあの『あるある』で、いわゆる俳味があるかなと自分では思ってます。『夜食』が季語で、秋の感じも意外と出るかなって」。しかし致命的なミス?を犯していて、気づいたのは句会の最中でした――。

 小部屋句会は、参加者が前日までに宿題の5句を文香さんにメールで送り、それを作者が分からないようにして紙にまとめたものを配るところから始まります。メンバーは「非固定制」で、来ても来なくても自由。この日集まったのは村上さん、文香さんを含めて男女10人。二十歳前後の大学生が4人とフレッシュな顔ぶれかと思いきや、実は俳句甲子園経験者が6人いるという強者ぞろいです。

「いい句」はどう選ぶのが正解?

 ガールズたちが注文したメロンソーダと、村上さんらが頼んだアイスコーヒーなどが運ばれてきて、まずは選句からスタート。自分の句を除き、いいと思った5句を20分かけて選んでいきます。5句×10人の50句がずらりと並んだ紙を前に、村上さんは頭を悩ませている様子。

村上:選ぶの、むちゃくちゃ難しくないですか。「おまえ、これ選んでんの?」って思われたらどうしようっていうのが先に来ちゃうっていう。
参加者:「そんなこと考えたことなかった(笑)」「もう、好き勝手に選んでます」
村上:それが最初に来ちゃってるんで、どっかで当たり障りのないやつ選ぼうかなっていう意識もすごく混在する。どれもよく見えてくるんで、何をもっていいっていうのかだんだん分からなくなってきて。世界観はすごい好きなのに、「それ、技術的に間違ってるんですよ」って言われる可能性もあるじゃないですか。そのへん(の選び方)が分からないですね。

 「みんなは、何に気を付けて選んでますか?」という文香さんの問いかけに、「本当に何回も読んでいって、絶対的に残った1句。『やっぱりこれがいいなって』思えるまで読んでいく」という人もいれば、「直感」「見た目で選びました」という人もいる、なかなか自由な小部屋句会。全員が選び終わったところで、文香さんから順に特選1句、並選4句を発表していきます。小部屋句会は「点盛り」といって、読み上げられた句に1点ずつ点数をつけていき、全員が発表し終わったところで点数の多い句について合評します。この日、最高点の5点を獲得したのは、3年前に俳句を始め、今年8月から句会に参加しているという松井亜衣さんの句でした。

さんせいはんたい柔らか犬ふぐり 亜衣

文香:まさかこれが5点とは!
参加者:小さい子どもたちが「さんせいはんたい」って優しげに言っている光景が浮かびましたし、「犬ふぐり」までそのやわらかさが浸透していて句全体の優しい雰囲気にひかれました。
文香:リズムは気にならないですか? リズムを整えるなら「さんせいはんたい柔らかな犬ふぐり」かな。どうでしょう。
参加者:このリズムが逆に、女子高生っぽいキュートさがあるなと思いました。
参加者:「さんせいはんたい」が対義語なのにひらがなにすると韻が似ていて、そこに言葉遊びっぽいおもしろさを感じました。
文香:「ん」と「い」が共通してるもんね。取らなかった人はどうですか?
参加者:「柔らか」と言わずとも、「さんせいはんたい」の書き方が柔らかさを出しているような気がして。
文香:「やわらか戦車」ってなかったっけ?(笑) 戦車はやわらかくないからおもしろいんだけど、犬ふぐりは柔らかかろう、と。村上さんは取ってないですけど、どうですか?
村上:すごくよかったんですけど、ちょっと言い過ぎというか、「さんせいはんたい」がひらがなだからすでに柔らかさがあるけどなっていうのは思いました。

 句会の中で文香さんは「先生」という立場ではなく、「司会者」として参加者にその句を選んだ理由、または選ばなかった理由を聞いていきます。カルチャーセンターなどで講師をしていた経験もありますが、「教える・教わるの関係性では自分が楽しめないなと思って」全部やめたんだそう。「自分の気持ちの問題ではあるんですけど。この句会では、司会者の特権で好きなことを言いますよ、という感じですね」

眉毛の中にほくろがあるのは、自分か恋人か

 そんな文香さんの「白鳥はおほきくてこの空から来る」が、続く4点を獲得。議論が盛り上がったのは、同じく4点だった佐藤智子さんの句でした。智子さんは文香さんのワークショップをきっかけに2014年から句作を始め、才能を発揮している一人です。

冬めくや眉毛の中にあるほくろ 智子

参加者:親しい人へのまなざしですよね。眉毛の中にあるほくろは気づかないようなものだから、恋人か好きな人に向けている。それがすてきだなと。季語の「冬めく」が予定調和な気もするけど、そんなにうるさくない。あと、ちょっとエロくないですか(笑)。
文香:人のほくろ、って解釈したんだよね? 自分のほくろの可能性もあるよね。どっちがいいだろうね。
村上:僕は人のほくろがいいな・・・・・・って思っただけです(笑)。冬っていうものが少し、人さびしさを連想させるものならば人のかなって。
文香:私は自分かなあと思ったので、そう受け取れば、エロいっていうよりはおもしろい。なんか眉毛の中にほくろがあったら毎日「あるな」って思うはずなんだけど、季節の巡りの中で「冬めく」という空気感が合うなと思いました。毛の中にあるほくろがちょっと動物っぽい。冬眠のイメージというか、毛にくるまれてる、みたいな。
参加者:文香さんがおっしゃったように、自分(のほくろ)だったら毎日気づくので、私は人のだと思ったんです。「冬めく」の「めく」っていう言い方が、眉毛の中にあるほくろに気づけるくらいその相手と距離が近づいて、これから冬にはなってくんだけど、これからきっとこの人たちの関係性もより発展していくのかなあとか。寒くなっていくけどあたたかく過ごしていくんだろうな、っていうところにほっこりして選びました。
文香:確かに「冬めく」ってちょっと明るいイメージがあるかもね。これは相手のほくろだと取った方が、「冬めく」は効くかもしれない。こう、顔が近づく感じになったほうが(笑)。

 このあと、3点句、2点句と句評が続き、村上さんの句は以下の3句が1点句になりました。

  • 空席やブロッコリーのなきシチュー
  • はぐれたら蜜柑売り場でまた会おう
  • 満月や踏んだことない部屋の角

 一番自信のあった「昨年度の赤本鍋敷きにして夜食」は、「昨年度の赤本鍋敷きに夜食」のつもりが「して」を入れて提出してしまったことに選句の途中で気づきました。字余りで俳句のリズムが乱れてしまったものの、「去年の、じゃなくて昨年度の“度”が結構いい」との評でした。

 句会が終わってから、文香さんに今までに見たことがない、新しい表現の句に出会えたか尋ねると「なかなか新しい、かついい句に出会うのは難しいですが」と前置きしつつ、今回のお題「俳句らしくない句」を意図した作品から2句を挙げてくれました。

 「『大きな駐車場月の感じがほら冬で(智子)』は空間把握がうまいなと。『大きな駐車場』って出すだけで、駐車場の底面積だけじゃなくてその上に広がる空間まで感じられる。そのあとで、『月の感じがほら冬で』って長く(言葉を)使って冬の月であることを認識する過程が描かれている。月といえば秋じゃなくて、この月の感じが冬だ、って言い方は俳句にケンカ売ってる感じもあるんですよね」

 もうひとつは俳句甲子園に出場した経験があり、今は音大生という高野恵さんの「らしくない君と刈田の道歩く(恵)」。「『らしくない』で始まってる句を今まで見たことなかったんですよね。『らしくない君』について我々は何も知らないから、『君らしさ』が分からない状態で『らしくない』って言われてるんでしょ。だから想像しようがないんだけど、でも刈田の道を歩いてるこの二人っていうのが愛しいな、と思いました」

句会を終えて、村上さんのコメント

 今回も楽しかったです、本当に。しかも佐藤文香さんって、「夕立の一粒源氏物語」の人ですよね。俳句甲子園ですごい評判になった一句を作った人ですよ。僕もすごいいいなと思ってたんですよね。

 今回は人数が多かったので、あの時間内に50句を見て、きちんと選べてない気がしたんですよ。なんとなくバーって見て、ひっかるのをもう1回見直して、あとはもう好みですよね。

 僕も作る時にすごい悩むんですけど、俳句の世界って、いいと思われようとしてるわけじゃないですか。でもそれが(読み手に)見えたらあんまりよくないですよね。僕から見て「わっ、強い言葉だな」っていうのが出てくると、少しだけ遠ざけてるところがあるなと思いました。逆にさりげないのに、「うわーそこ、そうだな」っていう句は好きなんですよ。俳句としていいか分からないけど、その一点があるものを結構選びましたね。その後みんなの句評を聞いて、「確かにこっちもよかったな」とか「こっちの方がいい可能性があるんだ」って思ったんですけど。みんなめちゃくちゃ読み込む力が強くて、それに振り落とされないように必死でした。

 何回か会って仲良くなったメンバーと句会をしたら、またちょっと違うんだろうなー、っていうのは思いました。同世代だと楽しいだろうなと思って。僕らが飲み会で今日の番組の話とかするぐらいのフランクに言えたら楽しいだろうなあ。指摘を受けて「そうでした」って謙遜するだけじゃなくて、「そうかな、でも僕はこっちの方がいいと思います」って言えた方が、俳句には絶対の正解がないから。どうしても遠慮するし、向こうももちろん気を遣っていただいているので。けど今回も何句か選んでもらったからよかったけど、むちゃくちゃドキドキしましたね・・・・・・。

先生から、村上さんにアドバイス

 村上さんの作品には、現代の私たちの身の回りの発見が背伸びせずに書かれていて、うちの句会に馴染んでいるなぁと思いました。余裕が出てきたら、身辺以外の語彙から発想してみるのも面白いと思います。また、選句の迷いについて、他人の面白い作品をいろいろ読んでみると、俳句の世界に今どういう作風があって、自分はこういうものをいいと思う、というのがわかってくるので、自信を持って選べるようになるし、句会で点が入らなくてもあまり気にならなくなる。また、好きな俳人がいると、句会での雑談も盛り上がりますよ。(文香)

 【俳句修業は来月に続きます!】