アマゾンで見た世界最大のヘビ・アナコンダの話から特別授業は始まった。椎名さんはかつて南米アマゾン川流域を旅した時、全長約8メートルの巨大アナコンダに遭遇したという。
でも、そんなのは序の口。現地で文献を見せてもらったところ、「3人の犠牲の後に捕らえられた14メートルのスクルージュ(アナコンダの呼称)」なる記事が写真と共に残っていた。「つまり、そのアナコンダは3人の人間をのみ込んだわけで、確かにおなかが膨らんでいたような……」。
同校で使っている国語の教科書には、椎名さんの小説『アイスプラネット』が載っている。そこにアナコンダの話が出てくるが、生徒たちは椎名さんが実際に目の当たりにしたと聞きビックリしていた。
「では問題です。アナコンダはどれくらい大きくなるでしょうか?」
椎名さんはホワイトボードにヘビの絵を描く。「長さ1キロメートルまで成長したとします」と仮説を立てた。そこで問題になるのは、しっぽに猛獣がかみついたときに、その痛みを感じるまでに何秒かかるか。痛みが伝わる速度が10メートルに1秒かかるとすると、1キロのヘビなら、100秒かかる。こんどは「反撃しろ」という命令がしっぽに伝わるまでに、また100秒かかり、往復3分以上必要となり、その間にヘビは相当なダメージを受けることになる。
大きくなることで、こうした不都合が生じてくる。だから生物はある程度成長したらそれ以上大きくならない。椎名さんはこの話を『君がホットドッグになったら──スケールで覗くサイエンス』(ロバート・エーリック著・家泰弘訳/三田出版会)という本で知った。
「僕は中学生の頃、学校の授業が嫌いでね」と椎名さん。なぜなら型にはまった答えを要求されるように感じたから。それで勉強そっちのけでケンカざんまいの日々を送ることになったが、本は子どもの頃から好きでよく読んでいた。本は答えを要求しない。自由に考えることができた。世界は不思議に満ちている。
ここで質問。「今の話から何か考えたことはありますか?」。すると生徒から「人間も大きくなるのですか?」という声が。「いい質問ですねぇ!」。
椎名さんは作品の中で、「不思議アタマになって世界へ出かけていくとおもしろいぞ」と呼びかけている。難問奇問珍問を否定せず、不思議を追究することが大事だ、と。
人間の大きさについては、これまで世界を旅した中で見聞したことをふまえた持論を展開した。「いろんな国に行きましたが、どの民族も体格には性差がないように思う」。大きな民族は男女共に大きく、小さな民族はどちらも小さい。
たとえばオランダの人は背が高く体格も優れている。そのため男性用の小便器の高さが日本人男性の身長には合わない。「僕の友人なんてやむなく女性用トイレに駆け込んでいた」。そこで考えたのが、「小便器にホースを付けて伸び縮みさせて用を足せばいいのでは?」。椎名さんが導き出した解決策に生徒たちは大爆笑だ。
アフリカで会ったマサイ族は、「身長が2メートルある上に槍を持ってその場で1メートルくらいジャンプするんだよ。殺気がほとばしってものすごく怖かった」。野生動物と対峙する生活環境から培った威嚇の知恵ではないかと推測する。
他にも、カンボジア、ラオス、ミャンマー、モンゴル、チベット、ニューギニア、アルゼンチン、インドなど、旅先で出会った子どもたちの写真をスライドで紹介。「どの国の子も幼い頃から働いていた。物売りをしたり、家業を手伝ったりしてね」。
国語の教科書から始まり、生物学、さらには文化人類学の様相を呈してきた授業。最後に映したのは、北極海に浮かぶ氷山「アイスプラネット」の写真だった。
「この上でテントを張りたいと言ったらエスキモーの人に、いいけど、いつぐるんと上下がひっくり返るかわからないよ、と言われた」。そういうことがあるかも。椎名さんはからかわれたのかもしれないが、氷山について調べてみたくなる。
「世界を見に行き、いろんなことを考えた。それを集成したものが文章になり、本になっています」と、椎名さん。著書は270作を超える。
日本とは異なる環境での暮らしに興味を持った井上優那(ゆな)さん(2年)は、「私もアマゾンに行きたい、アイスプラネットも見てみたい。女シーナを目指すかな⁈」。
吉田悠人さん(3年)は、「椎名さんはただ冒険をしていただけじゃない。自分で調べて自分の足で見に行って、その上で小説を書いていた。やりたいこと、見てみたいことを貫いている生き方に憧れます」。
椎名さんは、「不思議だなと思ったら実際に行ってみるのが一番いい。すると何かしら感想が生まれる。僕の場合はあらゆる本が起爆剤になったけれど、本に限らず人の話を聞くことでもいい。だから今日、僕が来たことが誰かの刺激になったなら、少しは役割を果たせたかな」と語った。
オーサー・ビジットは朝日新聞社が主催し、出版文化産業振興財団が協力。椎名さんの訪問は、ベルマーク教育助成財団が共催し、日教販が協力する「ベルマーク版」だった。(ライター・安里麻理子 写真家・吉永考宏)