好きなことを仕事に
「私、大学の途中まで学校の先生になりたかったんです。でも教職取るのが大変であきらめた。今日は夢がかなったような気持ちで、とても楽しみです」
神戸龍谷高校1年9組の生徒たちを前に、笑顔でそうあいさつした藤岡陽子さん。続けて、同志社大文学部国文学科時代のことを話し始めた。
「昔から小説を読むのがめっちゃ好きで、国文学科に行けばずっと小説を読んで過ごせるのかな、と。そんな軽い気持ちで進学しました。当時、将来のことなんて何も考えてなかった」
ときはバブル絶頂期。「大学さえ卒業すればいい暮らしが保障されると思っていた」と藤岡さん。しかし3回生のとき、バブルが突然崩壊した。売り手市場だった就職活動が、一気に氷河期に転ずる。
「文学部の国文学科の、それも女子なんて、履歴書を送っても返事すら来ない。古典文学や小説を読んでるだけの人材なんて必要としてない、と突きつけられたのです」
初めて自分の将来について真剣に考えた藤岡さんが出した結論は、「文章を書く、という好きなことを仕事にしよう」。新聞社と出版社に目標を絞り、地方紙など40社以上に履歴書を送りまくった。不採用通知ばかりが届く中、1社だけ採用に至ったのが報知新聞社だった。
「本当にうれしかった。涙が出ました」
影が光に転じていく物語を
スポーツ紙に配属され、高校や大学などの学生スポーツの担当記者となった。選手たちに取材をすると、年齢がそう違わないこともあり本音を打ち明けてくれることが少なくなかった。
「ドラフトの目玉確実と言われた超高校級の投手が地方予選で敗れ騒然となったとき、実は彼は肩を痛め限界を感じていて、『負けてホッとしてる』とポツリ。アメフトの大学リーグのスター選手からは、『同じポジションの控えの先輩がサポートしてくれたから優勝できた。僕だけじゃなくその先輩にも取材してください』と頼まれました」
藤岡さんは続ける。
「物事には『光と影』があると知った。私は『影』が『光』に転じていく物語を書きたい――。そう気付いたのです」
しかし、新聞社にいても実現できないと知る。藤岡さんは26歳で会社を退職、なんとアフリカのタンザニアへ。「海外留学をしてみたかった。そして、一度日本から離れてこれからの人生を考えたかったのです」
タンザニアは貧しい国で、電気や水道といったインフラも危うかった。断水が3週間以上続いたときは「死の恐怖すら感じた」。そのときは井戸からくみ上げた泥水の上澄みを3回煮沸して、飲み水にするというサバイバルな体験も。
「日本がどれだけ恵まれているか、日本での暮らしは当たり前じゃないと知った。そして、もっと自分の人生を思い切り生きようと心を決めたのです」
27歳で帰国。ようやく小説を書き始める。デビューするために文学賞に応募するが落選が続く。法律事務所の事務員、スイミングスクールのコーチなどバイトで食い繋ぎながら書き続けたが、何度か最終候補に残ったものの選ばれることはなかった。
「作家になるにはものすごく時間がかかるかもとちょっと怖くなった。フリーターで貧乏も身にしみてきて、何か資格を取って安定した仕事をしながら作家の夢を追い続けよう、と」
念願のデビュー、しかし
藤岡さんが目指したのは、なんと看護師! 30歳、看護専門学校に入学。同じ時期に結婚、出産したこともあり、1年遅れの34歳で看護師免許を取得し、看護師として働きながら小説家の夢を追い続けた。そして38歳、看護学校を舞台にした作品『いつまでも白い羽根』でデビュー。
「この作品、全然売れなかったんです。ところが10年後、テレビドラマになり豪華な女優さんたちが演じてくれたら驚くほど売れて(笑)。そこから私の作品、名前を知ってもらえるように。少しずつ『作家としての人生』が開けていきました」
まさに「小説より奇なり」の波瀾万丈な藤岡さんの歩んできた道のりに驚き、引き込まれていく生徒たち。藤岡さんはこう続ける。
「私が小説で書きたいことはただ一つ。努力はいつか報われる。だから努力することを諦めないでほしい――。物語を通じてそれを伝えていきたい」
努力が未来の「扉」開く
今回の授業に先駆け、藤岡さんは全員に自らの著書『金の角持つ子どもたち』を贈っていた。困難にもくじけず、ひたむきに受験勉強に取り組む子どもたちの姿を、家族や塾講師など周りの人々の思いとともに綴る物語だ。
「いろんな努力があるけれど高校生のみんなにとって、勉強って一番手っ取り早くできる努力だと思うのです」
藤岡さんは、バスケ部三昧だった長女が幼いころからの「獣医になる」という夢をかなえるため獣医学部を目指し、学年最下位ほどの成績ながら毎日勉強を続けた結果、合格をつかみとったこと、小学校時代にいじめにあい不登校になった長男が、中学受験を乗り越え、野球部で白球を追ったことなど、自らの家族のことを赤裸々に語った。そして、長男の受験の際、塾の先生からもらったという言葉を紹介した。
「習慣は行動を変え、行動は性格を変え、性格は人生を変える」
勉強でも運動でもどんなことでも。それを習慣にして続けることで自分に自信が持てるようになり、結果、人生も開けていく――。藤岡さん自身、デビューから15年目の今年、吉川英治文学新人賞を受賞。52歳の快挙だった。
「20代で大きな賞を取る才能のある作家さんもいるけれど、私は5年、10年ではたどり着けなかった。自分のことがわかっていたから、コツコツと毎日書くという習慣を積み重ねてきた。そんな私だからこそ書ける物語があるんじゃないか、と思っています」
何よりも説得力のある体験談。そして、こんなメッセージを送った。
「積み重ねた努力はきっと報われ、今は『届かないかも』と思える未来の扉を開いてくれるから」
児童たちの感想は・・・
石井心さん「部活でアメフトをやっています。習慣を続ける努力も大事という話に、毎日の筋トレをもっと頑張ろう、そして、誰にも負けないぐらいの高みを目指していきたいと気合が入りました」
山口莉奈さん「藤岡さんの小説『金の角持つ子どもたち』『リラの花咲くけものみち』を読みました。どちらも努力することの大切さと、努力すればきっと報われると書かれていたことが、今日のお話とつながりました」