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尊重し合える真の国際人に ジャーナリスト・池上彰さん@札幌聖心女子学院

生徒たちに語りかける池上彰さん=2025年1月28日、札幌聖心女子学院、首藤幹夫氏撮影

閉校するのになぜこの学校を?

 62年の歴史を持つ学校にとって、池上彰さんを迎えたこの日の授業が最後となった。在校生は全員が高校3年生、入学した年には閉校が決定していた。

 池上さんは一人ひとりに尋ねた。「閉校するのになぜ、この学校を志望したの?」

「英語の授業が充実している」「海外研修があるから」などという答えが出る中、「共学だと男子の圧が怖い」といった率直な意見や、「最後の生徒としてやりきりたかった」「親元を離れたかった!」という勇ましい声も。

 

池上さんの問いに生徒たちは自分の言葉で答えていた

 カトリック系で寄宿舎のある同校には道外の出身者も通う。また、カリキュラムに「宗教」の時間が組み込まれている。「宗教」を学ぶ授業は、人間性を高めるための科目として認められている。

 それを生徒たちはどう受け止めていたのか。

ガザとウクライナを考える

 池上さんは、パレスチナ・ガザ地区での紛争問題を取り上げた。概してユダヤ教とイスラム教の宗教対立ととらえられがちだ。だが、もとをただせば「2千年前から続く土地の奪い合い」と、池上さん。

「そもそもユダヤ教、イスラム教、そしてキリスト教には、『自分たちは神によって生かされている』という共通概念がある」。自身は「なんちゃってブッディスト(仏教徒)」だとしながらも、信仰しない宗教であっても、その宗教の基礎を知り、尊重することが大切だと続けた。

 また、海外メディアでは聖書の引用が多々見られることから、「世界で最も信者が多いキリスト教を学んだことは、国際社会に出たとき必ず、皆さんの強みになる」と説いた。

生徒たちの間を歩きながら語りかける池上さん

 さらに、対立を生むものには言語もあると言及した。

 近年の例ではロシアによるウクライナ侵攻がある。ウクライナにはウクライナ語だけでなくロシア語を使う住民もいるが、ウクライナ政府がロシア語を制限するような動きを見せた。これに、ウクライナ東部のロシア語圏の住民が反発、ロシアにつけ込む口実を与えたとした上で、「宗教であれ言語であれ、リスペクトしあえてこそ本当の国際人では?」と問いかけた。

外国語ができないことがダメなのではない

 言語といえば、同校の志望理由で多かった英語の習得についてもひと言。
 生徒の「英語の他に何が話せますか?」という質問に、池上さんが流ちょうなドイツ語で答えると賞賛のまなざしが集まった。ところが、「私はドイツ語が話せません、と言ったんだよ」。しかも、「私が話せるドイツ語はそれだけ」と白状したから爆笑だ。

 池上さんがこれまで渡航した国と地域は90を超える。その経験から、「挨拶くらいは現地の言葉を覚えておくといい」。ドイツなら「グーテンターク」、フランスでは「ボンジュール」、アラブ諸国なら「アッサラーム」といった具合だ。「自分たちの言語で挨拶されたら、嫌な気はしないでしょ? その先は英語でインタビューする。するとちゃんと受け入れてくれるんだ」

 ただ、海外でよく耳にするのが、「日本人は英語ができても会話ができない」という風評だという。「だから、まずは語るべきものを持たなければ」。日本の文化や歴史が話題に出ても、言葉に詰まることがないよう勉強して、と諭した。

そのときどきに読んでおくといい本

 ちなみに池上さんがどうやって英語を習得したかというと、「学生時代にNHKのラジオ英会話を熱心に聞いた」。留学経験は無く、特別な語学教育を受けたこともない。「それでも基礎ができていれば十分、海外で通用する」

 ということは、英語学習に力を入れていた同校の生徒たちなら申し分ないはず。そのうえで苦言を呈した。「OECDが15歳の子どもを対象に実施している国際学習到達度調査(PISA)によると、日本は世界でもトップクラス。ところが大学生なるとレベルがぐっと下がる」。これからも学び続けることが大切なのだ。

 

生徒の言葉に耳を傾ける池上さん

「若いうちにやっておくべきことは?」という生徒からの質問には、「本を読むこと」とアドバイス。「社会に出ると、読んだ本の量によってその人の教養度が測られる」と続ける。

 池上さんが挙げた「その時々に読んでおくといい本」は以下の3冊。
  ★中学生にはアンドレ・ジッド著『狭き門』
  ★高校生にはゲーテ著『若きウェルテルの悩み』
  ★大学生にはドストエフスキー著『罪と罰』

 最後に、池上さんは、「軍隊用語だけれど」と断りを入れたうえで、「くしくも、『しんがり』という重責を担うことになった皆さん。目的意識をもって入学し、学生生活をまっとうした。皆さんの発言には、この学校だからこそ学べた、その蓄積が表れていましたよ」と称えた。 
 そして、「私たちは生かされている、何かしら役割が与えられているという教えを胸に、世の中に出ていってほしい」と、期待を込め、激励で授業を締めくくった。

生徒たちの感想は……

 伊藤理央さん「宗教の授業がどう役に立つのかわからなかったけれど、池上さんがその意義を言葉にしてくれたのですっきりしました。強みになるという新たな視点も与えていただき、嬉しかったです」

 小宮菜瑠(なる)さん「宗教の授業を受けたことが強みになるという話に励まされた。個人的には、他者のために動くという教えが心に残っていて、将来は社会福祉の仕事に就きたいと思っています」

 山本優奈(ゆな)さん「外国語の習得もさることながら、語るべきものを持ちなさい、というメッセージが特に響きました。そのためにも自分でよく調べ、本を読み、教養を身につけていきたい」