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「凶」がもたらした充実 湊かなえ

 元旦の初詣のおみくじで「凶」が出ました。人生初です。家族や友人が引いたのを見たことはありましたが、まさか自分が引くことになるとは。
 くじなんて気にすることないよ。こんな言い方ができるのは他人事(ひとごと)だと思っているからで、我が身にふりかかると、あっさり割り切ることなどできません。
 早速、「開運」「厄払い」などと銘打った風水の本を買い、一日一つ、実践することにしました。
 基本は、片付けと掃除です。私が最も苦手とするものです。しかし、背に腹は替えられません。
 まずは玄関から。三和土(たたき)に出しっぱなしの靴をげた箱に片付ける。古い靴を処分する。三和土を水拭きする……。トイレ、寝室、キッチン、リビングの順に整えていき、ひと月が経ちました。
 我が家のリビングって畳だったよね。などと、うっとり眺めてしまうような空間が、家中、いたるところに広がっています。無駄にゴロゴロしても仕方なく、来月、雪山登山に行くことが決まったので、スクワットやプランク等の筋トレをすることにしました。
 子どもが学校にスープジャーを持って行くことになり、そのために毎晩、野菜たっぷりのスープを作るようにもなりました。
 一時間仕事をして、掃除。また一時間仕事をして、筋トレ。規則正しく行動していると、新しいことを取り入れているのに、仕事もいつもよりはかどっているような気がします。
 自分にも家族にも、特に良いことは起きていないけれど、悪いこともなく、それが良いことなのだと思います。
 この充実した毎日は「凶」がもたらしてくれたもので、片付けも掃除もやればできるのだと、毎晩、寝る前に自分を褒めています。
 しかし、整理整頓=快適、と思えない人はこの世に数パーセントいて、自分はそちらの方かもしれないと、散らかった部屋を恋しく思ったりもするのです。=朝日新聞2019年2月18日掲載