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大藪賞受賞・河﨑秋子さん「肉弾」 羊飼いの日々、作家への礎

大藪春彦賞を受賞した河﨑秋子さん=2月26日、北海道別海町の河﨑牧場

地の北で向き合う命 培った大自然の視点

 北海道の東端に近い別海町に住む。最低気温は零下20度を下回り、郊外は、真っ白な雪で覆われた牧草地が地平線まで続く。町の人口は約1万5千人で、乳牛・肉牛の数は約11万頭。人より牛の数が多い。生乳生産量は全国一だ。

 両親や兄夫婦が営む約85ヘクタールの牧場で酪農の従業員をしつつ、1人で十数頭の羊を飼育する。「牛8、羊2の割合で仕事をしています。牛は毎朝晩に搾乳が必要で、拘束時間が長い。羊は基本的に餌やりだけで良いので、楽ですね」。朝5時に起床し、夜8時ごろまで働いた後、深夜まで執筆する生活だ。

 4人きょうだいの末っ子。幼い頃から読書が好きで、小説家になりたかった。札幌の大学に進み、文芸サークルで書き始めたが、「人生経験も、才能もないと、思い知った」。

 就職活動をしていた時のこと。大学の仲間らとのバーベキューで食べた国産の羊肉の味に衝撃を受けた。今まで食べているのが冷凍ものだということを、意識した瞬間だった。

 北海道はジンギスカンで有名なのに、流通している肉のほとんどが実は外国産ということも知った。羊飼いを生業にする人も、全国でもわずかという。「私も作ってみたい。自分の殻を破る道は、これなのかも」。新たな目標が定まった。
 ニュージーランドに1年留学し、飼育の基礎を身をもって学んだ。帰国後は道内の牧場に住み込みで働いた後、実家の一角で羊を育てるようになった。

 夢中で羊と向き合ううち、気づけば30歳目前。「今なら、書けるかも」。執筆を再開し、2014年、馬と人との関わりを描いた『颶風(ぐふう)の王』で三浦綾子文学賞を受賞。デビューへの道筋をつけた。

 大藪賞受賞作は、大学休学中のニート、キミヤが主人公。建設会社を経営する父に連れられ、狩猟に出向くも、父は熊に襲われて死に、キミヤは取り残される。人間に捨てられ、野犬化した元飼い犬の群れにも遭遇。人間、熊、犬の三つどもえの行方は――。

 獣の息づかいや、血のにおいの描写に力をこめた。「血は生温かく、時間がたつとこびりついて取れません。読者に感じてほしくてしつこく書きました」

 物語は人間、熊、犬、それぞれの視点で同等に描く。「人間の視点のみで書くと、人間のエゴだけの話になってしまう」。熊や鹿が生息する森が身近にある。大自然を前に、人間がいかに無力で小さい存在か、幼い頃から知り抜いている。

 複雑な感情を持つ動物を描写できるのは、小中学生の時、星新一や新井素子さんらのSF小説を好んで読んだから、と分析する。「SFのおかげで、世界設定の閾値(いきち)が広がったのかも」。留学中に何度も読んだ中島敦を尊敬している。

 北海道の郷土史も、丹念に調べた。「開発時期にズレがあったり、移住してきた人の出生地によって育てる作物が異なったり。ダイナミズムが感じられ、勉強になる」。豚が乳児を食べた話が出てくるが、これも十勝で伝えられているものという。

 受賞作は、まだ2冊目。「書けば書くほど、勉強しなければいけないことが山脈のように連なって見えてくる。今回の受賞は励みになった。このまま、山道を進んでいこうという気持ちです」(宮田裕介)=朝日新聞2019年3月20日掲載