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9割は苦しい仕事も笑えば楽しくなってくる カーリング・本橋麻里さん

文:福アニー、写真:有村蓮

 2018年の平昌オリンピックで、見事銅メダルを獲得したカーリング女子日本代表の「ロコ・ソラーレ」。彼女たちが試合中に発する「そだねー」は同年の「新語・流行語大賞」にも選ばれ、世間を大いに賑わせた。あれから1年。現在は選手としての活動を休養し、チームのサポートに回ることを決めた「マリリン」こと本橋麻里さんが、初の著書となる『0から1をつくる 地元で見つけた、世界での勝ち方』(講談社現代新書)を刊行した。「私はこの本を『すべての頑張っている人』、もっと言うと、何かに向かっている人、変わろうとしている人に読んでほしいのです」という本書。本のなかで伝えたかったことや周りとのコミュニケーションを経ての気づき、仕事と家庭の両立、地方への想いなどをたっぷり聞いた。女性として、アスリートとして、ビジネスマンとしての彼女の言葉が、働く同世代――仕事に悩んでいる人や人生を模索している人――にとっての一助となるはずだ。

ビジネス書を読んでカーリングのチーム作りに生かす

――平昌オリンピックでの銅メダル、本当におめでとうございました。あれから1年、本を出されたことに驚いたのですが、どんなきっかけで、またどんなことをとくに伝えたいと思ってのことだったんですか?

 スポーツライターの竹田聡一郎さんにお声がけいただいたんです。でも最初はあまり乗り気じゃなかったので、カーリングのルールも知らない主人に相談したら、「自分で決めたらいいんじゃない」と言われ(笑)。それでよくよく考えて、自分の記録として残るだけでもいいかなと。まとめてくださる竹田さんが十年来の知り合いなので、私が言わんとしてることもわかってくれてるだろう、語弊がなく書いてもらえるだろうと思えたので、ひとつのチャレンジとして本を出してみようと思いました。

 カーリングって、「スポーツだ」「いやスポーツじゃない」って両方の見方をずっとされてきたんですよ。私にしたらどっちでもいいんですけど(笑)。カーリングにもいろんな人間模様があるし、チーム作りをするなかで、意外にみんな計画立てておもしろい取り組みをしてるんだよってことを伝えたいと思って。私はチーム作りのなかで、海外のものから日本のものまで、わりと無作為にビジネス書を読んでたんです。組織作りやリーダーシップ、コミュニケーションについて……仕事の現場でも、単独で仕事をする人ってあんまりいないじゃないですか。チームを作ってひとつの仕事をやり遂げると思うんですが、カーリングもそれとなんら変わりがないという感覚で、本から得たものを活かしてました。

――チーム作りにおいて、とりわけビジネス書の学びが役立ったと思ったことはなんですか?

 目標設定の仕方や個々のモチベーションの上げ方は参考になりましたね。私たちは1年ごとはもちろん、4年に1度のオリンピックに向けて、「ピーキング力」が必要になってくるんです。ようはベストなタイミングでの調子の持って行き方ですよね。ひとりひとりのペースもあるんですけど、試行錯誤しながら話し合いを重ねて、チームとしての足並みを揃えて歩んで行けるようにしていきます。

 ビジネス書からの学びを自分自身にもチームにも反映させつつ、人と関わって勉強できた部分も大きいです。身近で言うと主人やチームメイト、育児もしてるので子どもからも。本を読んで学んだり、いろんな人と話していいなと思うことを取り入れたり、取材を受けて幅広い意見を見聞きしたり。アンテナを張っていると、いろんなことに気づけるんだと思います。

――なかでも印象に残っているフレーズやアドバイスはありますか?

 「麻里ちゃん大変そうだから、この仕事は私がやるね」ってメンバーが言ってくれたときにハッとしました。チームを作ったばかりの頃は、全部私がやらなきゃって思ってたんです。自分でやったほうが早いこともあるんですけど、すべて自分でやろうとしたら私がいなくなったときにチームが機能しなくなるかもしれない、それはチームのためにならないんじゃないかなって。力みすぎず、もっとみんなに甘えてもいいんだなって気づかされました。

 あと、がんばってるのに成果が出ない時期は誰にでもあると思うんですけど、成果が出ないということは、明確に足りてない部分がある。「こんなにがんばってるのに」ってイライラしてたときも、主人が「それってなにか足りないってことだよね」ってシンプルに投げかけてくれて、ちょっと立ち止まって考えることができたんです。

――他者に言われて気づいて、発想を切り替えて。それこそ目標そのものを見失いがちだったり、コミュニケーションの取り方がわからなかったり、どうリーダーシップを発揮すればいいのか悩んだりする人も多いと思うんです。

 「リーダーってこういうものだ」「ビジネスマンはこうじゃないきゃいけない」って概念にとらわれすぎているのかもしれません。仕事をするうえでのスタンスは大切だと思いますし、会社を背負ってるというのもわかるんですけど、その人自身はどう思ってるんだろうって個々のキャラクターが見えることが大事。リーダーと一口に言っても、業種や適性によっても違いますよね。みんなをグイグイ引っ張っていくタイプもいれば、縁の下の力持ちでサポートするタイプもいる。どういうメンバーがいるかで、リーダー像も変わってくると思うんです。

 2010年のバンクーバーオリンピック後に立ち上げた女子カーリングチーム「ロコ・ソラーレ」も、リーダーになろうと思って作ったというよりは、自分自身も楽しみたいから作りました。「故郷から世界へ」というチームの目標を掲げているんですが、そのビジョンに賛同してくれているメンバーを集めているので、そのなかで「世界に行くには?」って逆算して、がんばったらクリアできそうな明確な目標を立ててコツコツやっています。

――そのなかでメンバーやスタッフそれぞれにいろんな考えがあると思うんですけど、それを取りまとめて同じ方向に向かせていく術としては?

 意見を出してもらうことが一番ですかね。意見を出さずにその場に座ってるだけというのは参加してないのと同じだと思うので、一言でもいいから話してもらう。そういう自主性を共通認識として持って、参加している意思表示として発言してもらうってことは大事にしてますね。

チームを法人化してカーリング選手以外の選択肢を増やす

――現在は「ロコ・ソラーレ」を一般社団法人化し、本橋さん自身も選手としては活動を休養し、代表理事に就任されましたよね。セカンドチームの育成、トップチームの強化、地域貢献といったチームのマネジメントに注力されるなかで、カーリング界の活性化についてビジョンがあれば教えてください。

 本当に私ひとりでできることって少ないので、いまはいろんな方たちとどういうことができるかなって話し合いをすることが多いですね。それから法人を立てたのは、選手の環境をよりよくするためと、選手が入れ替わってもチームという箱を残すため。地元に帰ると、地域のみなさんから「『ロコ・ソラーレ』をなくさないでほしい」って想いを聞くので、その期待に応えられるようにしたいです。

 いままでは選手が人生のターニングポイントを迎えた時、チームに残るか、やめてセカンドキャリアに行くかの二択しかなかった。残るとなったら選手をしなきゃいけない。でもたとえば怪我をしている、出産を控えているという場合、法人としてだったら選手以外の仕事をしてもらう、指導をしてもらうでもいい。女性は男性よりも人生の分岐点が多いと思うので、関わり方の選択肢を増やしたかったんです。

――確かに著書からは、「カーリングはアスリートとして、女性として、人生を楽しく豊かに生きるためのツール。そのために多くの選択肢がある居場所を作りたい」という気持ちが強く伝わってきました。そうした価値観はどうやって形作られていったんですか?

 10代の頃は、結婚してママさんになってカーリングをやっている海外の選手を見て、私もいつかあんな風にできるんだろうなって思ってました。でも20代から徐々に、「受け身じゃダメなんだ。自分で行動しなきゃ」って気づいて。行動するってことは気力も体力も使うし大変なんですけど、待ってたらなにも変わらない。「待ってるよりやってみよう」という性格なので、チームを作ったり、法人にしたり、どんどん動くようになりました。

 あと私は結婚してお母さんになるまで、働く女性っていうのをひとくくりで見てたんですけど、家庭環境がそれぞれ違うので、いろんなケースがあるんだってわかったことも大きかった。スポーツからも人生そのものからもたくさん学ばせてもらってるんですが、カーリングという軸があったからこそ、ブレずに進めたところはあるかもしれないです。

――家庭と仕事のメリハリの付け方やコントロールの仕方で、心がけていることはありますか?

 悩むことばかりですね(笑)。うちは3歳の男の子なんですけど、子どもがあっという間に成長していくので、「元気だなー」って思って見るようにしてます。保育園もすぐに見つかって職場に連れて行けることも多いので、私は本当に楽なほうですけど、働きたいのに保育園に入れることができないお母さんは本当に大変だと思います。いろんな家庭環境のなかで、能力のある女性の方ってたくさんいる。待ってるだけだとなにも変わらないから、子育てしながら働きながら、どんどん前に進まなきゃって思ってる女性は増えてるんだなというのは、田舎にいても気づきます。

 家庭での振る舞い方も難しいですね。たとえばパソコンしている時間が長くなると、この仕事だけは終わらせたいと思っていても、子どもは遊ぼうよって来る。子どもにとっては遊びたいって欲求があるなかで、こちらの仕事なんてどうでもいいことで、最初は時間のうまい使い方が全然できなかったです。それこそ今回初めて本を出させていただきましたけど、「私ってまだまだなにもできないんだなあ」って。

――著書にも「息子から相手の立場に立って考えることを、待つことを学んだ」と書いてありましたね。

 息子はゴーイング・マイ・ウェイなので、基本的に言うこと聞かないんです。本当に自由なので、「私が変わんなきゃだめなんだな」ってその環境下に置かれて気づくことも多々。主人に助けてもらうこともたくさんあるんですけど、子育てってひとりじゃできないんだなっていうのは身に染みて感じました。

 母になって、自分への失望感は正直かなりありましたね。スムーズに子育てできないのは私の責任なのかなと思ってしまったり、仕事をすることに対して引け目を感じてしまったり、なにが子どもにとっても家族にとってもいいことなんだろうって悩んでしまったり。そんなときは先輩ママや主人に話を聞いてもらって、アドバイスを求めます。そこでいろんなケースの話を聞くことで、自分の悩んでることが簡単に解決できることもあります。

――仕事についてはどうですか? カーリングへの興味を五輪単発から、どう持続させていくのかというのも課題ですよね。それこそ「そだねー」や「もぐもぐタイム」という言葉の広がりだけでなく、チームの本拠地である常呂まで来てもらうためにはどうすればいいかなど。メディアの伝え方と、本橋さんたちの取り組みのなかで、歯がゆさを感じてるところもあるのかなと。

 そこでもがくことはやめました(笑)。いろんな人の意見があっていいというのと、たとえ自分が本意じゃない見方をされる場合があっても、それはひとつの視点なんだって捉えられるようになりました。

――スウェーデン代表チームが家族ぐるみで戦っていたのが新鮮だったと著書にもありましたが、日本ってスポーツと文化と生活ががっつり切り離されているような気がしていて。

 教育なのかなとは思いますね。スポーツがすごく特別なことのように扱われてしまう部分はまだあって。スポーツしていても日常生活はありますし、アスリート当人からすると、仕事という面とレクリエーションという面もある。私がチームを作ろうと思ったのも、4年に1度オリンピックのために青春を削ってやるのもひとつだけど、長期的なスパンで競技と向き合うスタイルを構築したかったから。カーリングは長くやろうと思えばできるスポーツですし、スポーツという「文化」がもうちょっと根付いたらいいなとは感じます。

 「ロコ・ソラーレ」を法人化する前は、本当にカーリング好きな女の子たちが集まってるグループみたいな感じだったので、支援してくださる方もその仕方について困っていたんです。なのでそこはしっかり受け皿を作って、サポートしてくださるみなさんがサポートしやすいような環境にしたかった。それでスポンサー契約や寄付しやすい仕組みを作ったんです。それから五輪の周期と同じで、だいたい4年に1度チームが解散するサイクルなんですけど、それが4年じゃなくても、8年かかっても12年かかってもできるようにしていきたい。近年、大会が増えるなど世界的なカーリング事情も変わってきて、選手はより忙しくなっていると思います。女子は毎回オリンピックに出れて男子はずっと出れなかったという時代もあるので、男女で人気の差がまだあるんですけど、女子はもうワンステップ上に行きたいという夢もありますね。

カーリングで勝つために苦しい時間を楽しくする

――「『何もない』は最強。私は『地方だから……』を言い訳にしない」という言葉は、地元・北海道から世界の舞台に羽ばたいた本橋さんだからこそ、力強い説得力を持つものだと思いました。地方出身者と話すときに、なんでそんなに卑下するんだろう、もっと誇りを持ってもいいのにと思うこともあったので。

 ある種の絶望感みたいなものを持ってる方は多いかもしれないですね。私の地元は本当に田舎で、これといったものもとくにないんですけど、そんな環境下だからこそ集中できるものがより鮮明にわかることもあるんじゃないかな。あれもこれもっていうより、これしかないからこれをやるっていう強みが地方にはあると思っていて。あとは大自然や新鮮な空気など、お金で買えないものが地方にはたくさんある。いろんな世代の人たちが助けてくれる昔ながらの子育てというのも、私にとってはすごく安心できるものですし。

 確かに田舎にずっと住み続けていると、「なにもないから……」ってなってしまいがちですけど、私はそこから離れていろんな国に行くなかで、「逆になんにもないってすごい!」って思えるようになったんですよね。

――「何もないところかもしれない。だからこそ、これから何でも生むことができる」ということですね。それから巻末で、ロコ・ソラーレの吉田知那美選手が本橋さんのことを「冗談を冗談のままで終わらせない女」と書いていたのが印象的でした。冗談のなかからヒントを掴んで夢や理想を形にするというのは、「拾う力」だと思うのですが、それを養うにはなにが必要だと思いますか?

 拾う力かあ。基本、人や物に対する興味ですかね。よく観察もします。若い時は自分の世界だけで心地いいからなるべく一人でいたい、多くの人と関わるのが面倒くさい、全然人に興味ないって感じだったんです(笑)。でも私の知らない世界を知ってるたくさんの人と接するにつれ、すごいな、もっといろんな話を聞いてみたいなって、興味が出てきたように思います。とくに世代が違う人と話をすると、そういう考え方があるんだって新鮮に感じますし、ひとつのアイデアとしてインプットするようにしてます。

――楽しさやポジティブさが著書からもすごい出てて。「仕事がつまらない」「人生に楽しさが見いだせない」という人にも勇気になるんじゃないかなと思います。

 私たちはカーリングが好きで、自分で選んだ仕事なので、楽しい瞬間はあるんです。でも楽しい仕事でも9割は苦しいことしかなくて、たった1割の「勝つ」ってことに対してみんなで前進してる。その残りの9割を楽しくないで終わらせるんじゃなく、苦しいなかでも楽しくしていこうって歩んできたのがいまのチームなんです。だから誰かになにかを変えてもらうというよりは、自分たちで楽しい時間を作っていくっていう意識にしないと、何事も変わらないのかなと思います。それは職場や友達を変えたとしても、自分が変わらないとなにも変わらないのと同じ。自分が変わると世界が変わるというのは、子育てをしていても感じましたね。

――最後に、働く同世代に向けてエールをいただければと思います!

 40代の人で、楽しそうにしてる人っていません? 私もいずれああいう風になれるんだろうって勝手に思ってます(笑)。若い頃に「楽しいから笑うんじゃなくて、笑うから楽しくなってくるでしょ」って言われたことがすごく心に残っていて。自発的な態度や発する言葉はすべて自分に返ってくるんだなって気づいてから、ネガティブな考えが浮かんだら、そのあとにポジティブな考えを加えるようになりました。

 アスリートは「セルフトーク」という自問自答の仕方を学ぶんですけど、ビジネスマンにも応用できると思います。「いろいろ疲れたし面倒くさい」「でも今日もがんばろう」、「今日仕事行きたくない」「とりあえず行ったらいいことありそう」、「あの上司すごい嫌だ」「いや一個くらいはいいところあるだろう」など。それを意識的にすることで、フィットする仕事のやり方や自分のなかで強化できるポイントを見つけることもできるはず。少しずつ考え方をコントロールできるようになるし、クスっと笑えて悩んでることが半減すると思うので、おすすめですよ。

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