東直子が薦める文庫この新刊!
- 『歪(ゆが)み真珠』 山尾悠子著 ちくま文庫 821円
- 『明日の食卓』 椰月美智子著 角川文庫 734円
- 『「つなみ」の子どもたち 作文に書かれなかった物語』 森健著 文春文庫 756円
コンパクトで軽く、鞄(かばん)の中で存在を主張しない文庫本。この小さな本に似合う小さな物語がつまった(1)は、鞄の底にいつまでも置いておきたくなる一冊である。バロックの原義である「歪(ゆが)み真珠」というタイトルの下、「ゴルゴンゾーラ大王あるいは草の冠」「娼婦(しょうふ)たち、人魚でいっぱいの海」「聖アントワーヌの憂鬱(ゆううつ)」など、魅惑的なタイトルの掌編小説が15作、収載されている。とにかくすべての文章が美しく、圧倒される。〈人は暗いところでは天使に会わない。塔で、壁に囲まれた庭園で、丘の糸杉の下で、微光に満ちた曇天がずり落ちる沼地で、少女は幼いころから折々に同じ天使を見た〉。これは「アンヌンツィアツィオーネ」という掌編の冒頭。詩情あふれるイメージの連鎖が音楽のような韻律を伴って、ひとときの夢を響かせる。
(2)は、「イシバシユウ」という名前の子どもを育てている3人の母親たちの日常を中心に描いた長編小説。専業主婦、フリーライター、シングルマザーと状況が異なり、住む場所も離れていて接点はない。小説の冒頭に「ユウ」が虐待されている場面が描かれているため、この「ユウ」が誰かの子どもなのか、ずっとどきどきしながら読み進めた。興味深かったのが、子どもたちの父親の反応。リアルなだけに、愕然(がくぜん)とする。今、子どもへの虐待が大きな話題となっているが、ちょっとしたことで歯車が狂っていく家庭の脆(もろ)さを擬似(ぎじ)体験するようだった。多面的に描かれた小説の中に、軌道修正のための鍵も見いだせる気がする。
(3)は、東日本大震災直後に被災地の子どもたちが書いた作文集『つなみ』を編集したジャーナリストによるドキュメンタリー。『つなみ』に寄稿した80名の中の6名と、昭和三陸津波の牧野アイさんの作文を再掲載し、本人や家族と対話によって、その苦悩と再生への希望が浮き彫りになる。彼らが心を託した言葉が、改めて輝く。震災から8年の間に起こった事などが加筆され、過ぎていく歳月による変化を嚙(か)みしめた。(歌人、作家)=朝日新聞2019年3月23日掲載