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「全ロック史」 「無謀」な賭け 並走のスリル 朝日新聞書評から

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2019年03月30日
全ロック史 著者:西崎 憲 出版社:人文書院 ジャンル:芸術・アート

価格:4104円
ISBN: 9784409100417
発売⽇: 2019/02/21
サイズ: 21cm/510p

ロックミュージックはいかなる手段で、誰に抗い、何を訴えつづけてきたのか、一体なんのために−。スコッツ=アイリッシュのアパラチア山脈への移住からはじまる、ロックミュージック…

全ロック史 [著]西崎憲

 こういう本がいつか書かれるのではないかと思ってはいたが、実際にあらわれるまでにはずいぶん時間がかかった。それも無理はない。いざ書こうとしても、そもそもなにをしてロックと定義するのか、どこまでをロックとして取り上げるのかは、人によって大きく意見がわかれるはずだからだ。
 しかもロックは、ひとつの歴史として俯瞰するには、あまりにも多くのファンによって支えられてきた。ファンはもともと熱狂する者を意味する。自分が愛するバンドやミュージシャンが取り上げられていなかったら、不機嫌にもなるだろう(たとえば評者も高く評価するミュージシャンについても「マリリン・マンソンはアリス・クーパー的なショックロックである。八九年から活動。」とわずか39文字で片付けられている)。
 だが、それを身勝手な文句とは片付けられない。熱狂こそ、ロックとそれ以前の音楽とを分かつ最大の特徴だからだ。実際、著者は二人の知人から「よくそんな大変なものを書く気になったな」(傍点評者)と、なかば呆れたような声をかけられている。ロックについて書くのは、それだけ危険なことなのだ。したがって、本書を読む醍醐味は、あまりに無謀な賭けに臨んだ長距離ランナーの孤独を見守るようなところにある。回を重ねるにつれ完全試合に近づいていくピッチャーに、不測の失策が降りかかることがないよう、胸の鼓動を高まらせながら読み進める、と言ってもよい。
 とはいえ「1 前夜」から「2 ロックンロール生まれる」を肩慣らしに「5 ブリテンの侵略」「7 神のごときギタリスト」を経て「8 サイケデリア!」や「12 アメリカのフォークロックとカントリーロック」そして「14 パンクあれと声がして」「19 ヘヴィーメタル、地を揺るがす」あたりまでは、おおよそ予想がつく。だが、全部で510頁にも及ぶ本書のまだ半分にも達していないのだ。その先には、ほとんど無際限と言ってよいほどジャンルの呼称が細分化し、ファンがますます熱烈となり、実際の抗争にまで発展しているハードコアパンクやインディーポップ、スラッシュメタルやらデスメタルやらが控えている。
 著者はそれでも、ひたすらマイペースで記述を続け、ついに最終ゴールへの直線、野球なら9回2死走者無しまでたどり着く。ところが「終章」でいきなり立ち止まる。最後の最後で、よりによって「ロックとは何か」と問うのだ。そして「全ロック史」を呪縛するある決定的な歌を提供する(本書は最初、訳詩集として構想されていた)。それはなにか。本書と並走する最大の楽しみ(スリル)として、ここでは秘密(ロック)としておこう。
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 にしざき・けん 1955年生まれ。作曲家、作家、翻訳家。音楽レーベルなど主宰。『世界の果ての庭』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞。文学ムック「たべるのがおそい」編集長。