「未来のコミューン」書評 酷く美しく 社会と人間を調停
ISBN: 9784900997738
発売⽇: 2019/01/25
サイズ: 20cm/315p
未来のコミューン 家、家族、共存のかたち [著]中谷礼仁
著者は建築史家だが、この著作はいわゆる建築史書や建築書の範疇にとどまらない。特定の学問領域に束縛されず、さまざまな領域の事物や書物を自在に横断しながら家、人間、器についての思考を押し進めた、融通無碍な論考集である。各論考を貫く筆者の眼差しは、人間にとって一番身近な建築である家につきまとう切なさや事例を打ち出し、人々の切迫した生き様、そして時代とともに変わりゆく社会と人間の関係を調停すべき家の、ときとして酷くもあり美しくもある在り様に向けられている。
トピックスは多彩で、今和次郎に始まり、建築家による名住宅、インドネシアの伝統的住宅、3匹の子豚の童話、アドルフ・ロースの装飾論、ハワードの田園都市、ハクスレーのSF小説、シェーカー、ヒッピー、精神科医のレインが病院を越えた共同体として営んだキングズレイ・ホールまで横断する。
建築家の作品は、篠原一男の白の家、白井晟一の滴々居と虚白庵、ミース・ファン・デル・ローエのファンズワース邸などが挙げられている。いずれも建築の世界では著名な作品だが、白の家はいつも取り上げられる白の広間ではなく、その背後にある寝室から、滴々居と虚白庵は便所から、ファンズワース邸は排水管から語られる。家から切迫した生/死の営みを収蔵するナンドが消えて、健康な光り輝くモダニズム住宅のかたちが成立する経過を読み解いていて面白い。
最後に、今、著者が未来のコミューンに向けて活動を始めた〝べてぶくろ〟が紹介されている。ホームレス支援、精神障害などを抱えた人々の共同住居運営や当事者研究を進める団体の活動拠点だ。著者は利用者との対話を経て家を改造し、居間と庭の間に土間を設けたという。いまや飴色になっているという框は、都市と家とそこに集う人々の新しい関係性をつくりだすかたちになるのだろうという予感を持って読了した。
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なかたに・のりひと 1965年生まれ。早稲田大教授(建築史)。著書に『動く大地、住まいのかたち』など。