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「山海記」書評 悲惨な記憶と誠実に向き合う旅

評者: 諸田玲子 / 朝⽇新聞掲載:2019年04月13日
山海記 著者:佐伯一麦 出版社:講談社 ジャンル:小説

ISBN: 9784065149942
発売⽇: 2019/03/22
サイズ: 20cm/262p

山海記(せんがいき) [著]佐伯一麦

 記憶は――とりわけ痛みを伴う悲惨な記憶は、どうあがいても消せない。心の弱い私は目をそむけることでなんとか平常心を保っているが、著者は真っ向から対峙して自らの胸奥を覗きこむ。真摯に、誠実に。
 といっても、声高に叫ぶわけでも感情をあらわにするわけでもない。彼はただバスに乗るのだ。それも奈良の大和八木から和歌山の新宮まで紀伊半島を縦断する路線バスに。移ろいゆく天候を肌で感じ、乗り降りする地元の人々の会話に耳を傾けながら、地名の由来を考察し、天誅組の悲劇をたどり、幾度となく洪水や土砂崩れに襲われた土地の悲惨な記憶に思いを馳せる。そう、そのために、著者はこの地を訪れた。
 東北人の彼は東日本大震災のあと「この国では、どこに住んでいようとも、一生の間に一度は大きな厄災に遭うことを覚悟しなければならない」と思い、「図らずもそれを象徴している場所に、知らず知らずのうちに引き寄せられるようにしてやって来た」。人が胸の奥に何層もの記憶の襞をたたみこんでいるように、土地も悲惨な歴史や厄災の傷痕を刻みこんでいる。著者は「その崩れの光景が自分の身体の裡にも起こったことのように感じ」、自らの病や幼児期の恥辱的な体験、さらには親友の不可解な自死という悲愴な喪失感にも向き合うことになる。十津川村の吊り橋の上でじっと動かない主人公の姿が、百千の言葉より、はるかに重く読者の胸に迫る。
 鎮魂とは、形ばかり悼むことではない。事実を、歴史を、正しく知ること。そして、自らの記憶を掘り起こし重ね合わせることではないか。生々しい記憶にあえぐ前半の主人公「彼」が二年後に「私」となって同じ路線を旅する姿に、時の癒やしを感じた。
 時ならぬ私たちに他人を癒やすことは出来ないが、日々の営みこそが唯一の救いだと、本書は教えてくれる。著者のまなざしは限りなく優しい。
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 さえき・かずみ 1959年生まれ。作家。『鉄塔家族』で大佛次郎賞。『ノルゲ Norge』『還れぬ家』『渡良瀬』など。