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思春期の子供たちが霊と出会う4冊 幽霊との暮らしは人それぞれ

文:朝宮運河

 突如家族を失った赤ん坊が夜の墓場に迷いこみ、親切な幽霊のオーエンズ夫妻に引き取られる。イギリスのファンタジー作家、ニール・ゲイマンの長編『墓場の少年 ノーボディ・オーエンズの奇妙な生活』(金原瑞人訳、角川文庫)の導入部である。
 「だれでもない」を意味するノーボディという名を与えられた赤ん坊は、個性豊かな幽霊たちとミステリアスな後見人サイラス氏に見守られ、すくすくと成長してゆく。墓碑を使ってのアルファベットの勉強、食屍鬼(グール)のひそむ地下世界への冒険、人間の少女スカーレットとの出会いと別れ、そしてノーボディを執拗につけ狙う男たちの正体――。児童文学の王道にして定番ともいえる物語だが(ゲイマン自身、キプリングの『ジャングル・ブック』を下敷きにしたと公言している)、根底にはこの著者ならではの仄暗さと悲哀が漂っている。
 やがて思春期を迎えたノーボディは生と死、ふたつの世界のはざまで揺れる。そして訪れる決断の時。最終章で交わされるオーエンズ夫妻とノーボディの会話は、親子どちらの立場から読んでも涙を誘うものだ。アメリカ・イギリス両国の著名な児童文学賞をダブル受賞したダークファンタジーの傑作。待ちに待った文庫化である。

 織守きょうや『響野怪談』(角川ホラー文庫)も、幽霊との共同生活を描いた作品だ。
 響野家の末っ子・春希は怖がりなのに並外れた霊感の持ち主。この世ならぬ者をいつも招き寄せてしまう。ときに中学校で、ときに家庭内で春希が巻きこまれる、ささやかながら薄気味の悪いエピソードが、一編数ページという枚数で語られてゆく。
 怪談の常として、その多くははっきりした解決がつかない。毎夏、家の前に見慣れない靴が現れる「靴」。少女の霊が何かを探している「ないもの」。出口のない物語がいくつも積み重なり、恐怖がひたひたと押し寄せる。ノスタルジックな手ざわりと、どこか夢の世界を思わせる静謐さが、全編通しての隠し味だ。
 春希の家族は、オカルト雑誌ライターをしている父と、冬理・秋也・夏生という3人の兄たち。お化けとの適切な距離感を保ちながら、淡々と日常生活を続ける響野一家にいつしか愛着が湧いてくる。著者初となる怪談小説集は、ユニークな家族の物語でもあった。

 『死人の声をきくがよい』12巻(秋田書店)は、ホラーコミック界の若き実力派・ひよどり祥子が8年にわたって連載してきたシリーズの最終巻。
 主人公の岸田純は、死者の姿を見ることができる高校生だ。彼には早川さんという幼なじみがいたが、物語開始早々、殺人鬼に襲われ死んでしまう。以来、無口で無表情な早川さんの幽霊とともに、岸田は奇怪な事件に遭遇してゆく。一話完結形式で描かれるエピソードは、いずれも怪奇のムードが濃厚な本格ホラー。心霊あり、オカルトあり、サイコものありとバラエティに富んだ趣向には、毎回驚かされた。古風なタッチの絵柄と、恐怖シーンの合間に挿入されるすっとぼけたユーモアも魅力的だ。
 この最終巻では、海底の邪神によって町が破滅の危機に瀕し、岸田と早川さんの関係にもひとつのピリオドが打たれた。2010年代の国産ホラーコミックを代表する名作なので、未読の方もこの機会にぜひ。

 ここまで無造作に「幽霊」という単語を使ってきたが、それが指し示すものは文化や時代によって変化する。小山聡子、松本健太郎編『幽霊の歴史文化学』(思文閣出版)は、日本人と幽霊の関係に歴史学・メディア学・文学・美術史学などの分野からアプローチした画期的論考集だ。
 たとえば小山聡子「幽霊ではなかった幽霊――古代・中世における実像」によれば、かつて幽霊は死者の霊魂だけでなく、死体や死人を指す語でもあったという。「幽霊が恐れられるようになるのは、近世に入ってからである」という指摘には虚を衝かれた。
 その他、『古事記』に現れた死霊から、さかだちした江戸時代の幽霊、現代の監視カメラに捉えられた幽霊まで、幽霊をめぐる多彩なイマジネーションに触れられる一冊である。幽霊との共同生活を描いたフィクションを楽しむうえでも、恰好のサブテキストとなってくれることだろう。