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「クッ・ウッ・ゾクッ・ボンッ」の法則で企画脳を鍛える 電通クリエイティブ・ディレクターの髙崎卓馬さんが伝授

文:福アニー、写真:斎藤卓行

映画・演劇青年が広告の世界に足を踏み入れるまで

 大学時代は映画や演劇に夢中だった髙崎さん。広告はまったくの未知の世界で、電通の名前も知らなかったという。そんな彼が広告の世界に足を踏み入れようと思ったきっかけはなんだったのだろうか。

 「早稲田大学在学中は映画サークルに入って、自主映画を作っていました。当時は園子温が『自転車吐息』で注目されたりヴィム・ヴェンダースがはやったりしていて、8ミリで撮った映像にライ・クーダーの音楽をつければなんでもかっこよくなるみたいな感じで(笑)。でも2年生の終わりくらいに『誰にも見られないなあ』と絶望的な気持ちになって、誰かに見てもらうにはどうすればいいのか考えて、劇団を旗揚げしたんです。そのときは第三舞台など小劇場ブームで、大隈講堂前でテントを張って芝居したり、立て看板を作って宣伝したり、構内にできた小屋の管理人までやって実験的なことをやったりしていました。映画より反応がビビッドで楽しかったですね。どらま館(有名な小劇場)の下の喫茶店でバイトもしていました。

 そんなアングラ一色の学生生活のなかでも、就職はしなきゃと漠然と思っていたんですけど、中途半端だったから映画や演劇で一生食っていくぞと覚悟を決めるまでにはならなくて。でも『なにかを作ること、それを誰かに見てもらうこと』というエンターテインメントに近い仕事じゃないとモチベーションが続かないだろうなと思って、出版社や映画会社、テレビ局を受けていたんです。ただ、そのなかで友人に教えてもらった広告会社だけが、唯一現場に行って物を作ってる仕事に見えた。最もカチンコのそばにいるサラリーマンに感じて、『これは広告しかない』と思ったんです。それで電通に入ってクリエイティブ職を目指しました」

 入社当時は「バザールでござーる」や「ポリンキー」で知られる佐藤雅彦さんをはじめとした、ウィットに富んでいて商品名や特長を繰り返す「連呼型」のCMが多かったというが、次第に「ストーリー」を重視する時代になっていく。自身のなかで作りたいCMのイメージはあったのだろうか?

 「いまもそうなんですけど、自分が作りたいものを作るって感覚がまるでないんです。映画や演劇をやってみてわかったのは、どうしようもなく表現したい衝動を抱えて生きてるわけじゃなかったってこと。だからそっちの世界にガツンとのめり込めなかったんだと思います。広告のなにがいいって、『誰かの代わりに言う』ってことなんですね。クライアントがいて、商品があって、その人が言ってほしいことを伝える『媒体』になる。自分のスキルや感覚をメディアにして、その商品がよく見えるような方法を考えていく。自分のなかに動機を探さなくてもあふれるように動機が押し寄せてくるから、それを翻訳するって仕事なんです。作家じゃなく詠み人知らずの世界で、カメラの後ろ側でひっそりと立ってるイメージ。それが僕にはすごい向いてたんですよね」

自分が考えてることを疑う筋肉をつけよう

 オリジナルな面白さは「コンセプト」「構造」「謎」「ユーモア」にかかっていると解く本書。徹底的に考えて回路を探せとあるが、それを探し当てるまでには相当な試行錯誤や悪戦苦闘の日々があるだろう。ちょっとでもいいので独自の思考法、教えてください!

 「まずは空っぽになるまで知恵を絞り出す。この案いいなと思ってもその欠点を洗い出して、もっとよくするにはどうすればいいか、自分の好きなコピーライターだったらどうするかを考える。それを繰り返し繰り返しやっていると、だんだん気持ち悪くなってくるんです。だいたいスタバで悩んでるんですけど、ウエッて吐きたくなって、この仕事向いてないんじゃないかと思って、『はーもうだめだ』ってなったら思いつくんですよね。その瞬間、鳥肌が立つんです。この感覚を覚えておくと、今度はめちゃくちゃ速いスピードでそれが意識的にできるようになる。イメージとしてはクッと考えて、ウッと気持ち悪くなって、ゾクッと鳥肌が立って、ボンッとアイデアが出てくる。『クッ・ウッ・ゾクッ・ボンッ』の法則、覚えておいてください(笑)」

 日常生活や仕事でその企画脳を応用するには、ロジカルに物事を考えていくことが大事だという。とんでもない企画フェチである。とはいえ、そんな涙ぐましい努力の賜物である企画でも、通らないことがしばしば。クライアントと、自分と、世の中の「面白さ」のずれはどう調整していっているのだろう。

 「クライアントの面白さは商品が売れるCMであること。世の中の面白さは見たくもないのに見せられたからにはなにか得するCMであること。広告は、その接点を探していく仕事なんです。自分が面白いと思うものを他人も面白いとはまるで思っていないからまずは自分を疑うけど、自分が面白くないものを作ったらいけないので、まずはクライアントと、自分と、世の中の三つが重なる場所を『クッ・ウッ・ゾクッ・ボンッ』の要領で延々と考える。もともと映画や演劇が好きだったり、早稲田に行ったりしてる時点で、根がインディーズじゃないですか(笑)。映画の興行収入ランキングやテレビの視聴率、雑誌や漫画や音楽のはやりが自分の好きなものとまるで違う。なんで売れてないんだろうって思うと、この感覚はポピュラーではないんだ、自分にないのはメジャー感だって気づくわけです。

 でも広告ってどうしようもなくメジャーだから、ちょっとインディーズ入ってると、逆にすごいキラッと光るんです(笑)。自分のなかのインディーズの部分を安心してディテールに反映させることができるから、楽しいですよね。幹はポピュラーでロジカルで戦略的じゃなきゃいけないけど、ディテールは自分のセンスや感覚を使う。たとえば主役の横に座ってるお父さん役をエッジの効いた人にしたり、コマーシャルソングを新進気鋭のアーティストに頼んだり。そういうことで論理を超えて感覚的に伝わるものになることがあります」

 テレビコマーシャルの最大の魅力は「見たくもないのに見る」ところだという。はからずも子どもが大人の商品を見る、男性が女性の商品を見ることで、いまの世の中ってこうなっているんだという輪郭の確認ができる場所だと髙崎さん。しかもテレビはみんなで見る装置なので、「そもそも『みんな』ってなんだっけ?」と関係性を配慮し、その風景を想像して作っていかないとだめだとも話してくれた。

面白い制約を発見することがクリエイティブになりつつある

 小説も刊行している髙崎さん、新作が今秋に出るという。広告と創作で手法に違いは?

 「小説は予算を気にせず好きに書けるから、こんな天国あるのかって思うほど楽しいです。次回作は80年代が舞台の青春小説なんですけど、基本は広告と同じスキルでやりますね。小説のあらすじはTVCMでいうところの企画。それを分解して伸ばして書いていくと撮影。見返して細かいところを直していくのが編集。映像の作り方と同じステップで作っていきます。企画脳も小説脳も、自分のなかにカメラがあるんです。その位置をどこにするかで視点が変わってくるので、感情移入しやすいアングルを探っていく感じです。今回、最初に書いた時にカメラの位置を間違えてしまったので、全部書き直す『追撮』をしました(笑)」

 それでは最後に。本書には、髙崎さんの周辺にいる生意気で可愛い後輩たちをまぜこぜにした架空の人物「トミタくん」が出てくる。それぞれの世代について思うところは?また、広告の変遷をどう捉え、これからの広告のあり方についても聞いてみた。

 「最近はテレビが弱ってるから、CMにとどまらず、土俵をずらすのがうまい若い子がすごく多いと感じます。CMなら15秒、30秒というステージが与えられて、その制約があるからこそのクリエイティブってあったと思うんです。でもいまはインターネットの発達でなんでもありの時代になったので、自分で制約を作っていかなきゃいけない。スポーツが面白いのって、ルールがあるからだと思うんですよね。なので『面白い制約を発見する』ことがクリエイティブになりつつあるんじゃないかと。

 そのなかで自分は謙虚に行きたいと思っています。昔うまくいったことをいまもやろうとは思わないと自省しながら、若い人に媚びて若いふりをしても古く見えるから、自分の年齢や経験からできる最善のものを作ろうと。広告の変遷でいえば、さっき話した『連呼型』から『ストーリー』の時代を経て、いままた『連呼型』が多くなっているような気がします。そう考えると歴史は繰り返してるはずなので、未来の話をするとき、まずは過去のものから学んだほうがいいのかなとも思います。昔のコマーシャルを洗いざらい見直して、いま面白いと思うものを見つけて、それをなぜ面白いと思うのか考えていくと、アイデアが思いつく感じはしますね」