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「三船敏郎の映画史」書評 猛獣のオーラと気配りの繊細さ

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2019年05月25日
三船敏郎の映画史 (叢書・20世紀の芸術と文学) 著者:小林 淳 出版社:アルファベータブックス ジャンル:伝記

ISBN: 9784865980639
発売⽇: 2019/04/10
サイズ: 22cm/453,16p

三船敏郎の映画史 [著]小林淳

 大連から引き揚げてきた復員兵三船さんは俳優になる気はなかった。魔がさして、気がついたら戦後最大の世界的大スターになってしまっていた。世間の非常識を常識に変えてしまった俳優三船さんの魅力をたっぷり語り尽くした本書をじっくり味わってみたい。
 「無愛想きわまりない」猛獣のような危険人物が発するブラックオーラがあの時代の日本社会に不可欠だったのでしょう。ルネサンス時代に天才芸術家の魂が地上に降ろされたように、三船さんにも神的な何かの力が働いたんですかね。
 三船さんは役者に徹する以外に、姑息な野望や世俗的欲望がどこからも見えてこない。ただただ自分の宿命と運命のなすままに、これ一筋に努めて成るように成る生き方をつらぬいて俳優業に賭ける。セリフは全部おぼえて台本なしで撮影所にひとりでやってくる。黒沢映画の三船ばかりが目立つが、三船さんは他社の映画にも驚くほどたくさん出演している。特別・友情出演、汚れ役、ちょい役ひとつとっても与えられた役に全身全霊。「世の中に尽くすことが人間の義務」としての職業意識に徹し、世界を股に海外進出。主役しかやらんスター俳優との違いは山口淑子さんが語ると「三船さんは小細工をする人ではなく、悠揚で大陸的で額縁に納まらないスケール」の底が見えない人物ということになる。撮影が終わった途端、デリケートな気配りの人に変身。「黙ってやるべきことをやる」、体全体が「自然」だと語るのは香川京子さん。「早すぎて刀がよく見えない」息を止めた演技に黒沢さんは「すごいよ」の一言。「画面に出てくるだけで映画の空気感を変えるほどのカリスマ性」は本書の著者。志村喬さんは「彼は何十年に一人というスタア」と手放しで三船嗟嘆(さたん)。
 三船敏郎に興味を抱くとは、自分に関心を持つことにも通じる。三船さんは日本、否、世界の奇跡である。(一ファンより)
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 こばやし・あつし 1958年生まれ。映画関連著述家。著書に『伊福部昭の映画音楽』『岡本喜八の全映画』など。