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「ストーカーとの七〇〇日戦争」書評 恋愛が狂気に 固定概念を破壊

評者: 武田砂鉄 / 朝⽇新聞掲載:2019年06月15日
ストーカーとの七〇〇日戦争 著者:内澤旬子 出版社:文藝春秋 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784163910284
発売⽇: 2019/05/24
サイズ: 19cm/351p

ストーカーとの七〇〇日戦争 [著]内澤旬子

 東京から小豆島に移住し、真っ白いヤギと暮らす日々。マッチングサイトで出会った香川県下の男性Aと八カ月間交際後、Aがストーカーと化してしまう。
 大変そうだけどよく聞く話、と少しでも思った人は、読後、猛省することになる。Aの名前は偽名、前科も発覚する。五分おきにくるメッセージで、「島に行ってめちゃくちゃにしてやる」などと脅かされる。友人や仕事先に連絡し、悪評をばらまくと繰り返すA。警察にかけこむも、SNSのやりとりは処罰できないと言われてしまう(二〇一七年のストーカー規制法改正でSNSも「つきまとい等」に含まれるようになった・事件発生は一六年)。
 マッチングサイトへの偏見が警察官の意欲を削ぎ落とす。Aは反省したそぶりを見せては開き直る。「自分の身を守るための保障を得ようとすればするほど、Aの怒りが、私への憎悪が、倍増する」という、悪しきスパイラルに苦しむ著者。
 島という土地の閉鎖性、インターネット事情についての情報がいつまでも更新されない警察の姿勢、どれだけ制御しようとも身勝手な言動を続けるA……いくつもの手を打っても、その度に覆され、潰されていく。直接連絡を取ることが禁じられているAからの「連絡をとりたい」という希望を弁護士はそのまま伝えてきた。著者がひねり出した「必死の思いで建てたダムに、施工業者自らに穴をあけられたような気分」との表現の痛切さが響く。
 神経が衰弱していく様を自ら克明に記録したことで、ストーカーが仕掛けてくる永続的な恐怖を知る。ストーカー殺人が起きるたび、なにか特別な事情があったんじゃないの、と被害者の素性が探られる世間がなかなか変わらない。恋愛が狂気に変質する瞬間は捉えられない。本書は、同じ境遇にある人たちの助けになると同時に、ストーカー事件を恋愛のもつれで済ます部外者の固定観念を壊してくれる。ただただ怖い。
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 うちざわ・じゅんこ 1967年生まれ。文筆家、イラストレーター。『身体のいいなり』で講談社エッセイ賞。『捨てる女』など。