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恋人と喧嘩別れしたら?「平安文学」に学ぶ男と女のコミュニケーション術! 日本語学者・山口仲美さん講演

写真:有村蓮

現代と違って

 まず、現代とは異なる平安時代の結婚形態について説明しておきましょう。平安時代は一夫多妻制。一人の夫に複数の妻たちがいる。妻たちにも格があって、法律的にも社会的にも認められているのが正妻。社会的にのみ認められているのが妾妻です。だから厳密にいうと、一夫一妻多妾制ですね。

 それから、現代の同居婚ではなく、通い婚です。夜になると、男性が女性の家に通って行って、朝方の早い時刻(午前3時ころから5時頃)に男性はまた自分に家に帰るというスタイルです。

会話の口火を切るのは、常に男性だった!

 では、平安時代の男と女はどんなコミュニケーションをとっていたか? まず、全体的な傾向をお話ししましょう。私は、『源氏物語』の男と女の会話を全部抜き出して、調べてみました。すると、面白いことに、会話の口火を切るのは、常に男性なのです。男性が会話をリードするのです。女性は、緊急事態の時以外には会話のイニシアチブはとらないんですね。

 それから、男性が口にすることの多い表現は何か? 愛の告白表現。常に男性からプロポーズを行う。また、男性が口にすることが多い表現の一つとして、「機嫌取り」「機嫌伺い」がある。これは、一人一人の女性たちの機嫌をとっておかないと、複数の妻たちをうまくリードしていけないからなんですね。次はこの日に来るからねという「約束」表現も良くする。これも同じ理由からですね。

 では、女性が口にすることの多い表現は何だったか? それは「拒否」表現なんです。男性に迫られた時に口にする必要があるからですね。「拒否」表現を言えない女性は、あんまり幸せな人生を送っていない。男性の思うままになってしまいますからね。

けんか別れした時の対応

 では、実際の古典から男と女のコミュニケーションを見ていきましょう。喧嘩別れした時に当時の人はどう対応したか。『枕草子』からの例です。仲のいい男女が、些細なことから喧嘩をしてしまった。男は、「何かは。言ふにもかひなし。今は。」(=だめだ!話にならん。もう、これっきりだ。)と捨て台詞をして女の家から帰ってしまいました。

 さて、男性陣にうかがいます。あなたなら、このあとどう対応なさいますか? 選択肢は下に示した四つ。自分がとりそうな対応に手を挙げてくださいね。

(ア)自分に非はないとは思うけれど、別れたくないのでとりあえず急いで謝る
(イ)女に反省を促すために、二、三日おき、それから一応謝る
(ウ)謝らずに、関係が切れても仕方がないと覚悟する
(エ)最も効果的な折を見計らって、女に愛の言葉を贈る

 【会場からはどの選択肢にも複数手が挙がった。山口さんは「威勢がいいですね」「無難ですね」などとコメントし、会場には笑いが広がった】

「ごめんね」と謝るより「愛してる」の一言!

 では、『枕草子』の男性は、どういう対応をしたのか? (エ)の対応をしています。当時は、男性は家に帰ったらすぐに女性に手紙を贈る習慣がありました。「後朝(きぬぎぬ)の文」っていうんですけど。男は、怒って帰った後、その手紙を送らない。女は、気にしている。翌日は、朝から雨がしとしと降っている。男からの便りはない。女は「あーあ、捨てられちゃったのかしら」と悩んでいる。すると、夕方に男から手紙が届いた。女は大急ぎで手紙を開ける。手紙にはたった5文字しか書いていない。「水増す雨の」だけ。これは、当時の有名な歌の一部。有名な歌なので、これだけで意味が分かる。その意味は「雨が降ると、水が増すように君への思いはつのるよ」。くだくだと謝る言葉ではなく、「愛してるよ」の一言なんです。「こんな素敵な対応ってないわ」と清少納言は大絶賛。けんか嘩別れをしたら、「ごめんね」と謝るよりも、「愛しているよ」と言った方が効果的であることを、私たちに教えてくれます。

答えにくいことを聞かれた時の対応

 では、答えたくない事柄をきかれた時の対応について。平安時代の人は、どんな対応をしているでしょうか? 『源氏物語』から、光源氏と夕顔のやりとりを例にしてみます。光源氏は夕顔と一夜を共にしたけれど、もっと彼女と一緒に居たい。そこで、光源氏は彼女の家の近くにある自分の別荘に彼女を車で連れ出すことにした。その道中での会話です。

 夕顔は、光源氏が初めての男性ではなく、光源氏の親友・頭中将(とうのちゅうじょう)のかつての愛人で、彼との間には女の子もいる。光源氏はそのことに薄々気づいている。

 (光源氏)「いにしへも かくやは人の まどひけむ わがまだ知らぬ しののめの道。ならひたまへりや。」(=僕はまだこんなことをしたことがなかったんですが、全く気苦労なことなんだなあ。昔の人も、こんなふうにとまどったのだろうか、僕には初めての明け方の恋の道行きに。あなたは、経験がおありですか?)

微妙にずらして相手の心をつかむ

 「恋の逃避行の経験ある?」って聞かれているわけですよね。さて、あなたが夕顔の立場だったら、どう対応なさいますか? 夕顔は、男女経験があるばかりではなく、頭中将との間には女の子までいる。下の四つの選択肢から一つ選んでください。

(ア)「私も経験したことありません」と答える。
(イ)「それに似ている経験ならしたことがあります」と答える。
(ウ)笑って何も答えない。
(エ)別の話題に変えて答える。

 (ア)は、白を切るわけで、やや後ろめたい。(イ)は、正直ですが、相手からさらに詳しく追及されてしまいそう。(ウ)は、ちょっと頼りない印象を与える。(エ)は、うまい!
夕顔の返しは、(エ)。

 (夕顔)「山の端の 心も知らで ゆく月は うはの空にて 影や絶えなむ。心細く。」(=あなたのお気持ちもわからないのに御頼りしてついてきた私は、途中で消えてしまうのではないでしょうか。心細くて。)

 夕顔は質問には直接答えず、うまく別の話題に転換。しかも、そこで「心細くて」と訴えて、男性に庇護したくなるような気持ちを起こさせる。これはテクニシャン。是非ものにしたい!【会場には笑いが起こった】

 夕顔はこの夜に、「物の怪」に取り憑かれて死んでしまう。「物の怪」なんて、現代人にはなかなか分かりにくい。医学的には、心臓発作で突然死したのではないかと解釈されています。夕顔は、こんなふうに光源氏の心をとらえる対応をしている。そのため、光源氏は後々まで彼女のことが忘れられず、彼女と頭中将との間に生れた女の子を養女として引き取って面倒を見ている。いいコミュニケーションが成り立っていると、子供まで面倒を見てもらっちゃいました!【会場に笑いのどよめき】

古典が教えてくれるコミュニケーション術

 「コミュニケーションが上手」ということは、自分の思いが確実に相手に伝わるということです。平安時代の人たちは、現代の私たちが使えるようなうまいコミュニケーションの方法を示してくれています。夫が浮気をして困ったわなんていう時にも、平安時代の人の対処法が参考になる。古典は、現代にも使える知恵の宝庫です。古典から男と女のコミュニケーション法を学べるなんて、今まで気づかれなかったことです!

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